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高森明勅
2013.12.22 03:36

猪瀬直樹氏に悪態をつかれた話

もう四半世紀近くも昔のこと。

トイレで用を足していたら、
隣にいた猪瀬直樹氏から憎まれ口を叩かれたことがある。

時は平成元年11月23日だったはず。

この日の夕刻、渋谷の金王八幡神社の社務所を借りて、
有志の若者らによる「
新嘗を祝う集い」なるものが開かれた。

私はそれに参加した後、
テレビ朝日が用意してくれた六本木の全日本ホテルの一室に移動。

「朝まで生テレビ」出演に備えた。

この時が私にとって初めてのテレビ出演。

断れない人の仲介で、やや不安を感じながら、出演を承諾していた。

テーマは、昭和から平成への御代替わりに改めて天皇を問う、
といった感じだったと思う。

とくに当時、人々の関心を集めていた
「大嘗祭」
が中心の話題になるはずだった。

その頃はまだ天皇について、支持・肯定派と批判・否定派が
わかれて対立、
論争できる状態だった。

と言うより、知識人の間では、
むしろ批判派の方が優勢と言ってよい状況。

ところが歳月を経て、今や天皇否定派なんて、
ほとんどお目にかかれなくなった。

天皇の存在は自明の前提とされ、皇室の存続を巡って、
男系限定派と直系優先派が対立している昨今だ。

それはともかく、当日、反天皇陣営にいたのは、
映画監督の大島渚氏、
べ平連の活動に加わっていた小沢遼子女史、
歴史学者の色川大吉氏など。

その中に猪瀬直樹氏もいた。

天皇擁護派の出演者で今も記憶にあるのは、
民族派の活動家で「
獄中18年」の経歴を持ち、
後に朝日新聞社の社長室で自決された野村秋介氏、
國學院大學の大原康男先生など。

猪瀬氏はベストセラー『ミカドの肖像』で
注目される新進気鋭のジャーナリストで、
出演者の中でも
天皇、皇室については最も詳しいと見られていた。

しかも、天皇については冷淡なのだから、
その頃の番組制作サイドにとっては、
最大のヒーローになるはずだった。

猪瀬氏のスタンスは、世論の変化を敏感にキャッチして、
天皇否定を決して前面には出さない。

一見、天皇を尊重している風を装いながら、
その国家の中での存在感を極小化させる方向に持って行くーー
という
もの。

じつに巧妙卑劣なやり口だ。

彼は大嘗祭についても
天皇の神秘な祭りだから、国家とは一切関わりなく、
ひっそりと厳粛に行えばいい」などと言う。

まだスタジオの雰囲気にも慣れていなかった私だが、
猪瀬氏の発言に思わず憤激。

「猪瀬さん、あなたの言っていることは全く見当外れだ。
あなたは天
皇や皇室について詳しいそうだけど、
最も初歩的な質問をさせて下さい。
大嘗祭って、
もともと何処で行われていましたか?」

猪瀬氏は目を力一杯見開き、明らか狼狽えた様子。

大嘗祭の本質を論じるには、
古代の史料などに記された在り方を踏まえる必要がある。
その場合、一体どこで大嘗祭が行われていたのか。
場所の問題は、
初歩的かつ本質的なテーマですよ」。

猪瀬氏は答えられない。

他の皆さんもどうですか?大嘗祭は何処で行われていたんです?」

それまで威勢が良かった反天皇陣営の論客たちも、
私と目を合わせないようにしている。

あるいは、ひたすら私を睨みつけている。

「いいですか。大嘗祭は国家の最も中心的な施設である
朝堂院に大嘗宮を新しく造
って、そこで行われていました。
しかも、
国家の中央と地方の統治組織を総動員して
執行にあたっていたんで
す。
紛れもなく国家的な一大プロジェクト。

そこが内廷の祭祀である毎年の新嘗祭との本質的な違いだったんだ

そんなことも知らないで、
よくあれこれ立派そうな意見を並べられますね」

猪瀬氏をはじめ反天皇陣営は誰も反論できない。

で、コマーシャルタイムにトイレに立ったところ、
冒頭に述べたよ
うに猪瀬氏が隣にやって来て、さも憎々しげに一言。

「君はねー、天皇オタクな、ん、だ、よ!」と。

私も若気の至りで、こんな返し方をした。

「それは有難うございます。お褒めの言葉を頂きまして」
(正確にはこの時、すでに24日)。

CM後、どうやら私がやり過ぎてしまったことに気づいた。

もはや大嘗祭の話題は一切なし。

番組中の話題は全く転換して、
当時の私が口を挟めるような話はほとんど出ないまま、
番組は終了した。

戦術上、明らかに失敗だった。

暫くは我慢して、もう少し猫を被るべきだった。

番組終了後の打ち上げで印象に残ったのは、
大島氏が番組中、
激しくやり合っていた野村氏に近づいて、
親しげに話し掛けていたこと。

私も番組で大島氏に激しい言葉を投げつけていたので、
番組中は失礼しました」と頭を下げたところ、
優しげな表情で「
気にしなくていいんだよ。こんな番組だから、さ」
と応えてくれた。

また、番組では「皇室なんて税金の無駄遣いだ」なんて
喚いていた小沢女史が神妙な表情で、
皇室の将来は安泰だわ。
だってあんなに立派な皇太子がいらっしゃるんだもの」と言って、
滔々と皇太子殿下の讚美論を語り始めたのには
いた。

(それをカメラの前で言えよ)と思ったが、
まだ反天皇の方がメディアに露出しやすい時代だった。

猪瀬氏はというと、番組で
「僕は天皇がキライだ。
天皇なんて無くなればいい」と
明け透けに語っていた色川氏に、
何やらネチネチ陰気に絡んでいた。

あれは一体、何だったのか。

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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