評論家で「新しい歴史教科書をつくる会」の初代会長を務めた西尾幹二氏が、本日11月1日、89歳で亡くなったそうです。
思えば、左翼自虐史観の全体主義が成立してしまっていた時代に、西尾氏が「つくる会」を立ち上げ、そこによしりん先生を引っ張り込まなければ、今の思想状況も、今のよしりん先生もなかったかもしれません。
西尾氏は「世間」が自虐史観一色であっても、それを完全に無視して歴史認識の戦いを始め、「漫画家」に対する「世間」の評価も一切気にせず、よしりん先生を思想家として認め、教科書の執筆までさせた人です。その意志の強さは改めて考えても、凄かったというしかありません。
それだけにその後、自称保守の「世間」に取り込まれたのか、皇太子同妃殿下(当時)に対して目に余るバッシングを繰り返し、令和の世になってそれが完全に誤りだったことが証明されても、自らの言論に対する総括を一切しないまま亡くなったことは残念でなりません。
これほど功罪相半ばする人もなかなかいないのではないかと思うのですが、よしりん企画スタッフとしての立場からいえば、よしりん先生を思想家として認め、表現者としての新たな次元を切り拓くきっかけを作ったということだけでも、恩人と評価する以外にありません。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。