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2024.10.24 07:00ゴー宣道場

「光る君へ」と読む「源氏物語」第24回 第二十四帖<胡蝶 こちょう> byまいこ

「光る君へ」と読む「源氏物語」第24回
 第二十四帖<胡蝶 こちょう>

 

「光る君へ」第15回、倫子(黒木華さん)の父・源雅信(益岡徹さん)は、死の間際まで道長と娘の結婚に「不承知!」と呟いていました。雅信の邸・土御門院は、雅信の死後は道長に受継がれて、詮子(吉田羊さん)の御所となり、「紫式部日記」に詳述されている彰子(見上愛さん)の出産がなされ、後一条天皇(一条天皇の第二皇子 母は彰子)、後朱雀天皇(一条天皇の第三皇子 母は彰子)、後冷泉天皇(後朱雀天皇の第一皇子 母は道長の娘・嬉子)の里内裏(内裏が焼失などした際に外戚の邸宅に仮に設けた御所)にもなったとのこと。

第26回で、倫子が彰子の入内を躊躇っている時、「入内したら、不幸せになると決まったものでもないわよ」と諭した母の藤原穆子(ふじわらのむつこ 石野真子さん)は、第十九帖「薄曇」で、明石の姫を紫の上に渡すのを躊躇する明石の君に「悩んでも仕方ないでしょう。姫のために良いようにと思わなければ」と諭した明石の尼君のようで、ドラマに「源氏物語」が重層的に織り込まれている様が伺えます。第36回は、彰子が無事に出産を終えた後、穆子は「良かった。亡き殿も、どんなにかお喜びでしょう」と倫子を労っており、六条院のモデルの一つと言われる土御門院が女性によって栄えてゆく端緒が現れ出でていました。

今回は、広大な邸の主が、娘として扱っている女性の結婚相手選びに心まどう様をみてみましょう。

 

第二十四帖 <胡蝶 こちょう(蝶の別名 紫の上と秋好中宮が交わした歌から)  

三月二十日(新暦で四月下旬)頃、紫の上の春の御殿は、花の色も鳥の声も春の盛りで、光る君は庭の池に浮かべた唐風の船を飾り付けて、雅楽寮(うたづかさ 公的行事での雅楽の演奏、演奏する楽人の養成を担当する役所)の楽人たちに船上で演奏させることにしました。そこへ大勢の親王や上達部たちがやってきて、玉鬘を気にかけている様子。実の姉と知らない内大臣の息子・柏木の中将や、正妻を亡くして三年たつ兵部卿宮も、玉鬘に恋しているようです。

光る君は、里下がりしている秋好中宮にも花の盛りを楽しんでもらおうとしますが、中宮は身分柄、春の御殿に渡ることは控えて女房たちを船に乗せました。紫の上はこの機会に、以前、秋好中宮から届いた歌「心から春まつ園はわが宿の 紅葉を風のつてにだに見よ(春を好む心で遠い春を待つ庭は わが庭の紅葉を風の便りにでも御覧ください)」への返歌をしました。

花園の胡蝶をさへや下草に 秋まつ虫はうとく見るらむ 紫の上
春の花園の美しい胡蝶さえも 下草に隠れて秋をまつあなたは つまらないものと御覧になるのでしょうか

船に乗った中宮の女房たちは「春の御殿の美しさには勝てそうもありません」と口々に言います。中宮は中宮職(ちゅうぐうしき 中宮の事務を担当する役所)の次官を取り次ぎにして、鳥や胡蝶の舞をした女童や楽人たちに、山吹襲(やまぶきがさね 表地は朽葉 (くちば 赤みを帯びた黄色) 、裏地は黄)の細長(ほそなが 若い女性の着る襟のない細く丈の長い衣)などを褒美として与え、紫の上に歌を返しました。

胡蝶にもさそわれなまし心ありて 八重山吹を隔てざりせば 秋好中宮
胡蝶にもさそわれてしまいたい思いでした 八重山吹の垣で幾重にも隔てられていなければ

玉鬘は、紫の上と対面して以来、文のやり取りをするようになり、親しみやすい人柄なので、皆に好かれています。玉鬘を実の姉と思っている夕霧と直接、言葉を交わしたり、実の兄弟の内大臣の息子たちから恋文をもらったりするのは心苦しく、本当の父である内大臣に自分が六条院にいることを知ってもらいたいと願っていますが、そんなことは少しも言わず、ひたすら光る君に打ち解けて頼りにしている心遣いが可愛らしく初々しいのでした。

光る君は、恋文が増えてゆくのを「期待通り」と面白く思い、玉鬘の部屋にやってきては、恋文を見たり、返事を書かせようとするので、玉鬘は悩んでいます。風情ある兵部卿宮や真面目な髭黒の右大将の文などを読み比べたり、玉鬘の実の弟・柏木の中将の文字の見事さに誰からの文なのか訊ねたりしながら、女房の右近に「人を選んで返事をさせなさい。兵部卿宮と髭黒の右大将は、いい加減な方々ではないので、あまり相手の心がわからないように振る舞うのは、相応しくありません」などと光る君は伝えますが、美しく華やかな玉鬘を他人のものにしてしまうのは惜しいと思っています。右近も二人が夫婦として並んだ方が似合っていると感じるのでした。

光る君は柏木の恋文を下に置かないまま「内大臣に伝えるにしても、結婚が決まってからと思っているのです。兵部卿宮は独身ですが、浮気で召人(めしうど 主人と男女関係にある女房)とか名のついた女性もたくさんいるそうです。髭黒の右大将は、長年連れ添った正妻が年老いて嫌になったので、あなたとの結婚を望んでいるようです。このようなことは親にも自分の気持ちを言いにくいものですが、私を亡き母君と思ってください」などと言いました。

「幼い頃から、親はいないものとして育ってきたので、親とはどのようなものかわかりませんの」と玉鬘が応えたので「では養父の私を本当の親と思って、言い尽くせないほどの真心を見届けてくれませんか」などと恋情を仄めかすのですが、玉鬘は全く気づいていない様子で、光る君はため息をつきながら帰ってゆくのでした。

玉鬘は、いつ内大臣に伝えてくれるのだろうと心もとないながら、実の親でも一緒に暮していなければ、光る君ほどの心遣いはしてくれないだろうと思います。昔の物語を読んで、だんだんと人情や世の中の有り様も分かってきたので、光る君に遠慮して、自分から進んで実の父に打ち明けるのは難しいと考えています。

光る君は紫の上に「玉鬘は頭が良くて、人なつこくて、心配なところのない人柄ですね」と話します。「頭が良い方でも、あなたに心を許すなんて。私の時のことを思い出しますわ」などと紫の上が言うので、玉鬘への気持ちを見透かされてしまったと思い、光る君は口をつぐんでしまいます。

ある雨の降った日の夕暮れ、「和してまた清し(四月天気和且清 四月の天気和して且た清し 四月(新暦で五月頃 旧暦で四月は夏)、天気は穏やかで清々しく 白氏文集巻十九)」と口ずさみながら、また光る君が玉鬘のもとを訪ねました。手習いなどをしてくつろいでいた玉鬘が起き上がって恥じらう顔の色合いが、たいそう美しく、もの柔らかな気配に夕顔を思い出し涙する光る君は、ついに手をとって恋心を打ち明けてしまいました。着慣れた衣を音をさせないように脱いだ光る君に添い寝されたので、女房たちにどう思われるかと、玉鬘は情けなく思います。

「他の人には気づかれないようにしなさい」と告げて、光る君は帰りました。ただの添い寝ではあるものの、世の中のことを何も知らず、恋に馴れた人の有り様も聞いたことのない玉鬘は、男女の仲がこれより近づくことがあるとは思えません。翌朝は、早くから光る君の歌が届けられ、女房たちは「早く返事を」と急かします。

うちとけて寝も見ぬものを若草の ことあり顔にむすぼほるらむ 光る君
本当に共寝したわけでもないのに どうしてあなたは 事あり顔に悩んでいるのだろう

玉鬘は、光る君の親ぶった言葉が憎らしいのですが、返事をしないと女房たちが怪しむので「拝見しました。気分が悪いのでお返事は失礼します(承りぬ。乱り心地の悪しうはべれば、聞こえさせぬ)」とだけ書きました。光る君は玉鬘の返事を見て、手応えがありそうだと思っています。

その後は光る君がもっと頻繁にやってきて言い寄るので、玉鬘は世間や父・内大臣にわかったらどう思われるかと悩みます。兵部卿宮、髭黒の右大将、そして柏木も玉鬘に恋文を書き続け、思いを募らせるのでした。

***

 

「光る君へ」第30回は、学びの会のために四条の宮に向かうまひろが、なかなか文字を覚えようとしない娘・賢子と父・為時(岸谷五朗さん)が遊ぶ様を見ながら、「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな(人の親の心は闇というわけではないけれど、子を思うと道に迷うように思い悩むものですね 紫式部の曽祖父・藤原兼輔が娘の桑子を醍醐天皇の更衣にする時に詠んだといわれる歌)」と心で呟いていました。

娘を溺愛する男性の心持ち。倫子の父・源雅信の「不承知!」は、まだ将来どうなるかわからない道長に娘を嫁がせるのを心配する言葉である一方、手元で育ててきた女性を他の男に渡すのが嫌という、親なれど、ほぼ恋心と呼べるような心情が現れていたようにも見えます。

まして光る君にとっての玉鬘は、血の繋がりのない、昔の恋人の忘れ形見。かつて心惹かれた恋人に似た女性が、より若く美しく、やや年を経た自分の前に、何も知らぬ初心なさまで現れる。実の娘ならば、一線を越えないようにリミッターをかけておかねばならないところ、解除しようと思えばできなくもないのなら、やはり「心の闇」に惑いそうです。

光る君が自分の庇護のもとにある娘で男性たちの気を引き、あたふたする様を高見から楽しんでいるのは、壮麗な六条院の娯楽のひとつにしているようで、かなり悪趣味。さらに、その自分の言いなりになるしかない娘に迫って困らせ、手応えがありそうだと思っているとは。

玉鬘の亡き母・夕顔は、光る君が素顔を見せ「わたしの顔、どう?」ときいた際には「たそかれどきの そら目なりけり(黄昏時の見間違いでした)」と歌で意外な応えをしていました。誘えば何処までもついてくる、儚げに見えて、自惚れにはさらりと抗う意外性が魅力だった母のように「気分が悪いのでお返事は失礼します(乱り心地の悪しうはべれば、聞こえさせぬ)」と、いつもの人なつこさとは違う素っ気ない反応に、光る君は萌えています。

「紫式部日記」には、昼寝をしていた同僚の宰相の君という女房が起き上がった際の顔が、少し赤みを帯びて美しいという記述があります。紫式部は同性の容貌に魅入られている己の心情を、「手習いなどをしてくつろいでいた玉鬘が起き上がって恥じらう顔の色合いが、たいそう美しく、もの柔らかな気配」という描写に反映し、添い寝をした光る君が、今ならまだ引き返せる、その微妙なバランスを楽しんでいるところにも活かしているように思います。

光る君は、当時10歳の紫の上を引き取ってから関係を結ぶまでは、娘のように育んでいました。自分がいなければ命さえおぼつかないほどの完全な庇護の対象であり、与えるもの全てを受けとめる存在に対して感じた、親としての甘やかな記憶。紫の上を妻にしてしまったことで、女性として愛せる喜びを得ると同時に、永遠に失ってしまった親としての絶対性。「玉鬘」の帖で紫の上に語った「深く考えずに妻にしてしまいました」という言葉は、光る君にとって、失ったものへのノスタルジーも、得たものによる歓喜も同列に並んでいることを表しているのかもしれません。

愛する娘を失う役も、その娘を奪う役も同時にできたことに味を占めて、光る君は再び、この得も言われぬ体験を玉鬘によって再現しようとしているのでしょうか。父親と恋人の狭間で揺れる光る君の行動は、さらにエスカレートしてゆきます。

 

【バックナンバー】
第1回 第一帖<桐壺 きりつぼ>
第2回 第二帖<帚木 ははきぎ>
第3回 第三帖<空蝉 うつせみ>
第4回 第四帖<夕顔 ゆうがお>
第5回 第五帖<若紫 わかむらさき>
第6回 第六帖<末摘花 すえつむはな>
第7回 第七帖<紅葉賀 もみじのが>
第8回 第八帖<花宴 はなのえん>
第9回 第九帖<葵 あおい>
第10回 第十帖 < 賢木 さかき >
第11回 第十一帖<花散里 はなちるさと>
第12回 第十二帖<須磨 すま>
第13回 第十三帖<明石 あかし>
第14回 第十四帖<澪標 みおつくし>
第15回 第十五帖<蓬生・よもぎう>
第16回 第十六帖<関屋 せきや>
第17回 第十七帖<絵合 えあわせ>
第18回 第十八帖<松風 まつかぜ>
第19回 第十九帖<薄雲 うすぐも> 
第20回 第二十帖<朝顔 あさがお
第21回 第二十一帖<乙女 おとめ>
第22回 第二十二帖<玉鬘 たまかずら>
第23回 第二十三帖<初音 はつね>

 


 

 

それにしても光る君、本当にタチが悪い!
まあ、そんなこと言っても「何を今さら」って
ことでしかないわけですが…
光る君、このまま玉鬘にも手を出してしまうのか?
ハラハラしながら次回を待ちます!

 

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