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2024.9.18 07:00ゴー宣道場

「光る君へ」と読む「源氏物語」第20回 第二十帖<朝顔 あさがお>byまいこ

「光る君へ」と読む「源氏物語」第20回

 第二十帖<朝顔 あさがお>

 

「光る君へ」第30回は、「暗きより 暗き道にぞ 入りぬべき はるかに照らせ 山の端の月」などの名歌で知られる和泉式部・あかね(泉里香さん)が登場しました。「源氏物語」が成立していたとされる1008年と同じ頃に書かれた「和泉式部日記」には、恋人である為尊親王(ためたかしんのう 冷泉天皇第三皇子 花山院の弟)が亡くなった後、敦道親王(あつみちしんのう 冷泉天皇第四皇子)の恋人となり、痴話喧嘩や牛車での交歓など、めくるめくやり取りの末に親王の邸に移り住み、正妻が出ていってしまう経緯が記されています。

二人の皇子と派手な浮名を流した様子は、朱雀院と光る君を夢中にさせた朧月夜を思わせます。和泉式部は二人の皇子の死後、女房として彰子に仕えることになりました。道長が「源氏物語」を描かせた紫式部・まひろのように、和泉式部もまた、彰子に得も言われぬ「艶」をそえることが期待されていたのでしょう。

朱雀院と光る君という二人の皇子に思いを寄せられるのは、六条御息所の娘・伊勢神宮に下っていた前斎宮の女御も思わせます。朧月夜とは異なり、女御が光る君の魔手に堕ちなかったのは、亡き六条御息所が「決して娘に色めいた思いをお寄せにならないで」と光る君にクギをさしていたことや、光る君の御息所への扱いを女御がしっかりと覚えていて、二の轍を踏まないでおこうと警戒していたこと、そして光る君が30代となり、若い時のように情熱に任せて恋の道を突き進むことが出来なくなっていたから。

今回は、若い時から文を交わし続けている女性との恋の行方をみてみましょう。

 

第二十帖  <朝顔 あさがお (朝方に咲き昼にはしおれる花 花言葉は淡い恋および冷静)

光る君と、長年、文を交わし続けている朝顔の君は、父・式部卿宮が亡くなったため賀茂の斎院を下りました。かりそめにでも関係を持った女性を思い切れない癖のある光る君は、しきりにお見舞いの文を送りますが、朝顔の君は、光る君と関係した女性たちに煩わしいことが起きたのを思い合わせて、打ち解けた返事はしていません。

九月になって、朝顔の君は故・式部卿宮の邸である桃園宮に移り、叔母の女五の宮(おんなごのみや 桐壺帝の先帝の第五皇女)と同じ寝殿の西と東に分かれて住むようになりました。光る君は、まず義父・故太政大臣の正妻・大宮の妹にあたる女五の宮のところで優しい言葉をかけた後に、簀子(すのこ 濡れ縁)から朝顔の君の方を訪ねます。恋をほのめかしても、朝顔の君は御簾越しに女房を通じてしか返事をしないので、光る君は物足りない想いのまま、二条の邸に戻りました。

翌朝、格子(こうし 格子状の板戸 蔀(しとみ)とも言う。上下半分に分れ(半蔀 はじとみ)、上半分は引き上げ、下半分は取り外し可能)を上げさせて、朝霧を眺めていた光る君は、枯れた花々の中に色艶のあせた朝顔の花が咲いているのを折らせて、歌に添えて贈ります。

見しをりの つゆ忘られぬ朝顔の 花の盛りは過ぎやしぬらむ 光る君
かつて見た折の 忘れられないあなたの美しさ 朝顔のように花の盛りは過ぎたのでしょうか 

秋果てて 霧の籬(まがき)にむすぼほれ あるかなきかにうつる朝顔 朝顔の君
秋が終り 霧の立ち込める垣根に絡みつき あるかなきかに色あせた朝顔 それがわたし

*籬(まがき) 竹や柴などで目を粗く編んだ垣根

光る君は諦められず、今更のように文を送るので、世間でも「前斎院に、光る君は熱心に文を送って、女五の宮なども好ましく思っているらしい。相応しい組み合わせだろう」と言われているのを、紫の上が伝え聞きました。始めのうちは「そんなことがあるなら、隠したりはしないでしょう」と思っていた紫の上でしたが、光る君が上の空なので、「朝顔の君は、私と同じく帝の血を引いていて、昔から重んじられている御方で、光る君の心が移ってしまったら、居たたまれない。長年、肩を並べる人もないほど愛されてきたのに」と思い悩んでいます。

ある夕方、朝顔の君を訪ねる前に、光る君が女五の宮の話し相手をするうちに、いびきなのか、聞いたことのない音がしてきます。女五の宮が眠ってしまった音と分かり、喜んで立ち去ろうとする光る君に、年寄りじみた咳払いをして、あの源典侍が近づいてきました。57,8歳で19歳の光る君と関係したことのある源典侍は尼になって、女五の宮のもとに身を寄せていたのです。いまだに色めかしいしなを作って、歯が抜けて頬が深く落ち込んだ口元で「自分も老いてしまって」と声をかけてくるので「たった今、老いが来たようだな」と光る君は微笑みつつ、藤壺の尼宮が若くして亡くなり、源典侍が生き残っているのを感慨深く思います。

光る君の訪れを避けているとは思われないように、朝顔の君の寝殿は、格子を一、二枚、上げてあります。光る君は「ひと言でも、気に入らないと人づてではなく言って下さったら、諦めるきっかけになりますのに」と迫りますが「昔、父宮が光る君との結婚を期待していたときでさえ、私はあり得ないと気が引けて沙汰止みになったのに、盛りも過ぎて恋など似合わない年になって、ひと言でも声を聞かせるなんて」と、朝顔の君の心は動きません。手ひどく突き放すでもなく、人づてに返事はあるので、ますます心乱された光る君。二条の邸に戻ると、紫の上が泣いているので、光る君は髪をかきやって機嫌を取るのでした。

雪がたいそう降り積もった夕暮れに、光る君は二条の邸で御簾を巻き上げさせました。月の光が隈なく照らす庭で、女童(めのわらわ 貴人に仕える少女)に雪転がしをさせつつ、かつて藤壺が宮中で雪の山を作らせたことを紫の上に伝えます。

「世にあれほど素晴らしい方がいるでしょうか。藤壺の尼宮は、穏やかで、たしなみの深いところは並ぶ者はいませんでした。あなたは紫のゆかり、藤壺の尼宮と縁のある方(紫の上は藤壺の姪)なので、よく似ていますが、少し才走るところが厄介ですね」
「朝顔の君は、何となく寂しい折に文を交わして、こちらも気遣いをするような人」
「朧月夜は、艶めかしく容貌の美しい女性の例として挙げなければならない人」、
「明石の君は、物事の道理をよくわかっている人」、
「花散里は、気立てが昔と変わらずいじらしく、慎ましい人」などと、光る君が語るうちに夜は更けてゆきます。

光る君が寝所に入っても藤壷のことを思いながらやすんでいると、夢ともなく仄かに藤壺の姿が現れました。「漏らさないと仰ったのに、浮き名が露わになって恥ずかしく、苦しい目にあって辛くて」という藤壺に応えようと思っているうちに、何かに襲われるような気がした光る君は、「どうなさいましたの」という紫の上の声で目覚めます。胸が騒ぎ、涙する光る君を案じながら、紫の上は身じろぎもせず、臥しているのでした。

 

***

 

「薄曇」の帖で前斎宮の女御に疎まれてしまった光る君が、前斎院である朝顔の君にアプローチを始めるのは、禁忌の領域にいる女性に惹かれる厄介なところでもあり、女性への影響力が衰えていないかを確かめようとする焦りのようでもあり。しかしながら、女五宮や源典侍をはじめ、年上キラーなところは健在。御簾の向こうにいるお目当ての女性に手引きしてもらうために、周囲の人々を篭絡する能力は必須条件ですが、今のところ、朝顔の君には、藤壺の女房・王命婦のような不届き者はいないようです。

朝顔の君は、紫の上にとっては大きな脅威。かつて葵上が亡くなった際に、朧月夜や六条御息所が次の正妻になるのではないかと取り沙汰されていた最中に、光る君と関係を結んだ紫の上は、二条の邸の一切を取り仕切る権限を与えられ、明石の君の産んだ子さえ手元において育てています。それでも、朝顔の君のもとに光る君が出入りすれば、次の正妻になるのではないかと、またも取り沙汰されてしまうのは、紫の上は正妻とは見なされておらず、実は非常に不安定な立場ということ。

「光る君へ」で、道長が再三、「俺のそばで生きること」を提案しても、断り続けたまひろは、身分高き男性の邸に引き取られても「召人(めしうど 主人と男女関係にある女房)」と呼ばれた和泉式部のように、不安定な立場の女性のことも多く見聞きして、「源氏物語」に反映させたのかもしれません。

光る君が雪の降り積もった時に御簾を巻き上げさせた場面は、「香炉峰の雪は簾(すだれ)を撥(かか)げて看(み)る」という白居易(はくきょい 唐代中期の漢詩人)の詩をふまえた「枕草子」の記述を、紫式部が意識して取り入れたようにみえます。

「光る君へ」第16話は、ききょう(清少納言 ファーストサマーウイカさん)が「香炉峰の雪はいかがであろうか?」という定子(高畑充希さん)の言葉に応えて御簾を上げさせ庭の雪景色を見せたり、雪山を作る場面が、「枕草子」の記述の映像化と話題になりました。

「枕草子」で「華やかな御姿だけ」、光のみが書き残された定子の影の部分は、出家してから敦康親王を産んだこと。「源氏物語」で、光る君との不義の皇子を産み、死後も苦しむ藤壺には、「枕草子」によって道長の娘・彰子をおびやかす定子の影が仄見えるようです。

光る君は、これまで関係した女性と目の前にいる女性を比べることを、時おり行っていますね。なにがしの院で夕顔と戯れていた時は、つい心の中で六条御息所と比べてしまい、物の怪が現れてしまいましたが、今回は藤壺が夢枕に立ちました。いま愛している女性の前での迂闊な女性評は、生霊も亡霊も呼び寄せてしまうとしたら。モテる男性は、お気をつけになった方がいいかもしれません。

特に紫の上を藤壺と比べてしまうのは、非常に危険。才走る紫の上は「身じろぎもせず、臥し」ながら、自分が藤壺との恋の身代わりとして育てられたこと、光る君の数々の女性遍歴も、藤壺の面影を求めてのことであると、この時に気づいてしまったのではないでしょうか。

朝顔の君が光る君と男女の関係に至らないのは、六条御息所や朧月夜をはじめ、多くの女性がどのように扱われてきたかを知っているから。長年、歌を交わし続けるなかで、女性との関係が上手くいっているとき、苦しいとき、恋の始まりや終りによって、季節や風物に託した光る君の心模様を手に取るように知るだけの方が性に合っている。光と影を全て見通し、愛し受け入れた上で、朝顔の君はこれまで通り、「つながる言の葉」だけの関係を結んでゆくのでしょう。

さて、「光る君へ」は、まひろ役の吉高由里子さんの文字の美しさも圧巻。録画を一時停止して、いま「源氏物語」のどの部分が書かれているのかに目を凝らし、「桐壺の更衣」、「雨夜の品定め」など、ブログで御紹介した言葉を見つけてはワクワクしています。有難くも二十回、書かせていただいたブログを読まれた方が、これからドラマで描かれる「源氏物語」にまつわる展開を、さらに楽しんで下さったら嬉しいです。

 

【バックナンバー】
第1回 第一帖<桐壺 きりつぼ>

第2回 第二帖<帚木 ははきぎ>
第3回 第三帖<空蝉 うつせみ>
第4回 第四帖<夕顔 ゆうがお>
第5回 第五帖<若紫 わかむらさき>
第6回 第六帖<末摘花 すえつむはな>
第7回 第七帖<紅葉賀 もみじのが>
第8回 第八帖<花宴 はなのえん>
第9回 第九帖<葵 あおい>
第10回 第十帖 < 賢木 さかき >
第11回 第十一帖<花散里 はなちるさと>
第12回 第十二帖<須磨 すま>
第13回 第十三帖<明石 あかし>
第14回 第十四帖<澪標 みおつくし>
第15回 第十五帖<蓬生・よもぎう>
第16回 第十六帖<関屋 せきや>
第17回 第十七帖<絵合 えあわせ>
第18回 第十八帖<松風 まつかぜ>
第19回 第十九帖<薄雲 うすぐも> 

 

 


 

 

前回の「光る君へ」では、中宮・藤原彰子が紫の上に重ね合わされているのでは、というところから、クライマックスの涙のシーンへの展開に圧倒されました。
紫の上は光る君と結ばれても、ずっと不安定な状態に置かれ続けていますが、では彰子はどうなる? などと思いつつ、また来週を楽しみに待ちます!

 

 

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