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泉美木蘭
2024.6.30 17:50

「古代の『斎王』と伊勢神宮『祭主』のこと」

昨日、ライジングの未公開原稿をブログにコピペしたら、膨大な文字量だったので焦った。

ライターの仕事では、数年前から「オンライン記事は2000字以内、ただしリードが300字入るので1700字」と言われていた。

最近は「2500~3000字前後が一番読まれます」と言われるようになった。媒体や書き手によるとは思うけれども、そもそも文章を読めない人が脱落しているのかもしれない。

毎週、ライジング版「ゴーマニズム宣言」と合わせて相当量の長文を読んで、感想を書いてくれる人たちが集まる場所があるのは、本当に貴重すぎる。

今日は、過去に配信された原稿から、ややコンパクトにしたものを掲載します。

 


 

(ライジング 2024年4月2日配信分より再構成)

『泉美木蘭のトンデモ見聞録』

第331回「古代の『斎王』と伊勢神宮『祭主』のこと」

愛子さまがおひとりで伊勢神宮を参拝され、伊勢市の隣町・明和町の「斎宮歴史博物館」まで足を運ばれたというニュースを見た。

学習院大学の卒業論文の題材に、賀茂神社の「斎院」だった式子内親王とその和歌を選ばれたそうだ。また、『源氏物語』を夢中になって読まれたという。伊勢神宮の「斎王」にまつわる悲恋も登場するので、斎宮歴史博物館の展示にも興味を持たれたのだろうとのことだった。

 

伊勢神宮「斎王」のこと

賀茂神社の「斎院」、伊勢神宮の「斎王」は、古代から中世南北朝時代にかけて存在した、神の御杖代(みつえしろ=天皇に代わって「神の杖」として奉仕する者)のことだ。

時の天皇が、未婚の皇女のなかから占いで決めるのだが、都を離れ、神のそばでひたすら祈りを捧げる日々を送ることになり、天皇の崩御か退位までは解任されることはない。

斎王に選ばれると、天皇から「都のことは忘れ、もっぱら神に仕えよ」と告げられ、天皇との別れを意味する「別れのお櫛」と呼ばれるツゲの櫛を髪にさしてもらう。

その後、振り返らずに旅立つのが決まりだった。

 

斎王も人間であり、女であった

伊勢神宮の斎王には、幼い子供、多感な時期の少女のほか、恋仲の男性と和歌を交わす女性もいた。

人恋しさ、都恋しさなどを遮断しなければならず、寂しさをつのらせながらも、神に仕えるために不浄を避けて暮らしたようだ。

伊勢には、そんな斎王の神秘性に魅了される人々が大勢いた。お宮に押しかけ、「斎宮様!」と声をかける男たちもいたらしい。アイドルである。

幼い子供が斎王に選ばれた場合は、母親が随行した。「斎王の母親は光源氏の元恋人だった」という設定のお話が『源氏物語』に登場する。

ほかにも、30年以上務め、清らかなまま生涯を終えた斎王、優れた和歌をたくさん詠み、斎宮に文芸サロンを築いた才女の斎王もいる。

都の享楽を知って育ったがために、ファンの男性と交際してしまい、スキャンダルで解任された斎王もいる。

「斎宮歴史博物館」で見た資料に、「斎王も人間であり、女であった」と書かれていたことがとても心に残っている。

神に奉仕する「斎王」の制度は、戦乱によって存続不能となり、14世紀の南北朝以降は廃絶された。一方、伊勢神宮の神職の長として祭祀を主宰する「祭主」は現代まで続いている。

 

伊勢神宮「祭主」のこと

愛子さま伊勢ご訪問のニュースでは、「将来的に、愛子さまが伊勢神宮の祭主になられるかも」「伊勢神宮としても、なるべく天皇陛下に近いお身内の方になっていただきたいだろう」という希望の声が語られていた。

映像では、現在の祭主・黒田清子さんや、その前の祭主・池田厚子さんなどの姿が流れていたのだが、これを見て、なんとなく「伊勢神宮の祭主は、結婚して民間に下った天皇陛下の娘さんがなるもの」という思い込みがあるのではないかと感じた。

以前、竹田恒泰がSNS上で「伊勢神宮の祭主は、歴代天皇の娘が務める伝統が続いている」「黒田清子さんの次は、愛子さまだ」というようなことを書いていたことがあった。

当然ながら、「愛子さまは結婚して皇籍離脱するもの」という前提で発言したものだと思う。

たしかに、池田厚子さんの前は、昭和天皇の三女・鷹司和子さん、その前は明治天皇の七女・北白川房子さんで、「天皇の娘」ばかり。

だが、「歴代天皇の娘が務める伝統」というのは、真っ赤なウソだ。伊勢神宮の「祭主」と、古代・中世の神への奉仕者「斎王」の話とを混同させているのである。

 

 

伊勢神宮祭主を男性皇族がつとめた時代も

伊勢神宮の祭主に皇女が就くようになったのは、昭和22年(1947年)の北白川房子さんから。つまり戦後のことだ。それ以前にさかのぼると、男性皇族や男性高官が務めているのである。

 

  • 黒田清子さん(平成29年~)
  • 池田厚子さん(昭和63年~)
  • 鷹司和子さん(昭和49年~)
  • 北白川房子さん(昭和22年~)
  • 多嘉王(大正8年~)  男性 
  • 賀陽宮邦憲王(明治29年~)  男性 
  • 有栖川宮熾仁親王(明治24年~)  男性 
  • 久邇宮朝彦親王(明治8年~)  男性 
  • 三条西季知(明治7年~)  男性 
  • 近衛忠房(明治4年~)  男性 

(※臨時祭主をのぞく)

 

さらにさかのぼると、室町時代から代々神官を担ってきた「藤波家」の男性が世襲している時代、奈良時代の神官「大中臣家」が世襲していた時代もあるが、明治4年に、特定の家系が神官を世襲する制度が廃止され、明治8年以降は「天皇の息子」が祭主を担ってきた。

それが、女性皇族に変わったのは、敗戦後のGHQによる国家神道の解体に影響されたものらしい。

明治政府以来、男性皇族が続いていた「戦前のイメージ」を刷新するという目的があったようだ。

 

伊勢の神宮規則に男女指定のルールはない

現在の伊勢神宮には、神宮規則で

「祭主は、皇族又は皇族であった者とし、勅旨を奉じて定める」

とされており、男女の区別はなく、天皇の直系かどうかという記述もない。

ルールとしては、今後、愛子さまに限らず、女性皇族が皇族の身分のままで祭主を担ってもよいし、悠仁さまが祭主を担ってもよいということである。

皇位継承については、明治以降の「男系男子限定」だけに注目して「伝統」だと言い、伊勢神宮の祭主については昭和からの、しかもGHQに影響されて始まった「天皇の娘が就任」だけに注目して「伝統」だと言う。

どこまでも自己都合なデタラメ! 男系男子に執着したがる人間の「デントー」なんて、そんな程度のものなのである。

呪文のようにデタラメの「デントー」を唱えておくぐらいしか、もうメンツを保つ道がないのだと思うが、そこに未来へつづく光が当たることはない。

愛子さましか勝たん! それしかない。

(このブログ、2674字)

泉美木蘭

昭和52年、三重県生まれ。近畿大学文芸学部卒業後、起業するもたちまち人生袋小路。紆余曲折あって物書きに。小説『会社ごっこ』(太田出版)『オンナ部』(バジリコ)『エム女の手帖』(幻冬舎)『AiLARA「ナジャ」と「アイララ」の半世紀』(Echell-1)等。創作朗読「もくれん座」主宰『ヤマトタケル物語』『あわてんぼ!』『瓶の中の男』等。『小林よしのりライジング』にて社会時評『泉美木蘭のトンデモ見聞録』、幻冬舎Plusにて『オオカミ少女に気をつけろ!~欲望と世論とフェイクニュース』を連載中。東洋経済オンラインでも定期的に記事を執筆している。
TOKYO MX『モーニングCROSS』コメンテーター。
趣味は合気道とサルサ、ラテンDJ。

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