今日のゴーさんのブログ「【そうか!】先日の大阪DOJOを通じて(俺的)頭の整理が進んだぞい!」を読み
いまの日本人の精神性のまま景気が回復しても(して欲しいけど)、世の中まで良くなるとは全く言えない。日本人の精神性を劣化させた原因が不景気にあるとするのは言い過ぎである。日本の文化を破壊する風潮が蔓延った理由が不景気にあるはずがない。女性の地位向上や出産を阻んでいるのは何より日本人の精神性の劣化である。
私も、その通りだと感じました。
「貧すれば鈍する」とは言いますが、「富んでいても鈍する」例も枚挙に暇がありません。
そのわかりやすい例が、昭和〜平成の端境期とも重なる1988〜89年という「バブル絶頂期」に行われた「ふるさと創生事業」でしょう。
これは、全国すべての市町村に「使い道自由のお小遣い」1億円を配るというものでしたが、「変なモニュメントを作る」などのろくでも無い使い方をする自治体が続出し、「金だけあっても有意義に使えるわけではない」という勉強代としての効果を得たという(お、これだとちょっと有意義っぽい(笑))結果になりました。
当時私が住んでいた町でも「記念のオルゴール」が全家庭に配られ(残りの分は学校の体育館改修などにも使われましたが)、当時中学生だった私ですら「なんてツマラナイ使い方をするんだろう…」と呆れた記憶があります。
そういえば、この時期ってちょうどおぼっちゃまくんのアニメが始まった頃なので、今の視点から見ると「金で解決ぶぁいyai yai〜♪」は「金で何も解決できなかった現実の最高の風刺」になっていたんだなあ、と思います(笑)。
「大儲けする事業者が出れば、そこからあふれ出た富が下々までを潤す」という考えが「トリクルダウン」ですが、よしりん先生が早期から看破していた通り、新自由主義的は富の偏りを生むだけで「おこぼれ」による潤いなんか生まれませんでした。
この「おこぼれ思考」は、むしろあらゆる物事を停滞させたり、破綻に導くなどの害を生みます。
「親米ポチ保守」はアメリカの軍事力へのおこぼれ思考ですし、「男系男子固執」は(間違った解釈の)歴史の威光で自分アゲしようというおこぼれ思考、「キャンセル・カルチャー」でジャニーズが破壊されたら、完全に文字通りの「おこぼれに与ろうとする有象無象」が大量に出現しました。
「価値」は、創り、与え、与えられの連鎖によって循環させてこそ、物事の連続性や持続性を生み出します。貨幣ですら、たとえ大量にあっても、ただ据え置くだけだったり、見当外れの場所に注ぐだけでは「価値が流通するための入れ物」として全く機能しません。
「景気」は、いわゆる時の運的なものも含めてコントロール外の浮き沈みも仕方ない部分がありますが、長期的な鈍化、沈下には間違いなく精神性が大きく関わってきます。
精神性の基本部分として、「おこぼれ思考」は努めて自分の中から排して行こうと、改めて思いました。