ゴー宣ジャーナリスト・
しろくまさんの登場です!
今回は松本人志に対するキャンセル・カルチャーについて取り上げます。女性雑誌「GLOW」3月号掲載の「湯山玲子のジェンダーフリー放談」のコラム。
タイトルは、
「俺の子ども産めや!」性加害疑惑の松本人志 裁判に注力するため芸能活動を休止
12月に発売された週刊文春のタイトルとほぼ同じです。
著述家、プロデューサーの湯山玲子はYouTube「Arc Times」番組にも出演され、望月衣塑子と一緒に松本人志を一方的に批判していました。週刊文春をベースに論評する事自体、間違ってます。
湯山玲子のコラムの最初の出だしでは、
『歌舞伎、宝塚歌劇団、そしてジャニーズと、昨年以来、芸能界の中で伝統的かつ影響力のある組織に次々と問題勃発。そして年末と年明けに世間を騒がせたのは、吉本興業。言わずと知れた、昨年末週刊文春にて発表された、松本人志の性加害報道である。』一部抜粋
一方的にマスコミ、メディアが次々と芸能界を叩き出したのであり、世間を騒がせたのは吉本興業ではなく、左翼マスコミ、週刊文春です。8年前の女性のみの証言で被害届も出していない、事件にもなっていないし松本人志は犯罪者でもないのに、性加害報道であると断言するのは間違っています。週刊文春はキャンセル・カルチャーに暴徒化した下劣な雑誌です。
さらに酷いのは後半あたりから、
『今回の報道の反応として、男性と女性ではずいぶんと不快感のツボが違うと思ったところがあった。それが性加害時に言ったとされる「俺の子ども産めや!」という言葉。男性による数々の批判には、そこのところへの憤りがあまり強く感じられないのは、「ひどい言葉だか、男の本能だし」というような了解があるからなのか。しかし、出産と子育ては、一生の中で多大なコストと時間を費やし、リアルには生き方を制限してしまう一大事だということを認識している女性にとっては、この言葉こそが地雷だった。』一部抜粋
週刊文春の報道には誰でも不快感しかないです。男女区別するところが女性=被害者、男性=加害者として捉え、民事裁判も行われていないのに「性加害時に言ったとされる」性加害時とは一体何を証拠に挙げて言うのか不明です。男の本能とか女の子育てはここでは全く関係ないし地雷でも何でもないです。
『女性は男の遺伝子をばらまくための道具、だという考え方でもあり、大げさではなく、ボスニア内戦でも行われた「民族浄化」という集団レイプまで地続きの、女性をモノ化するがごとくの物言いだからだ。』一部抜粋
芸能人の合コンに参加した女性と、ボスニア内戦下での「民族浄化」、集団レイプは全く違います。何の繋がりもないし呆れるくらい歴史認識が浅はかで酷すぎます。言葉一つに対し誇大妄想しヒステリーを起こし、公共の雑誌で松本人志に対して悪質な謂れもない言いがかりです。
『松本人志は「事実無根」とXにポストし、裁判で白黒はっきりつけるという。いいと思いますよ!!民事裁判は、双方の証拠をねちっこく出し続けた上で判決が出るわけで、伊藤詩織さんの性被害における裁判もそれでだんだん、事実が明白になっていったように、事の真相がはっきりするだろう。』一部抜粋
事の真相がはっきりするだろうと上から目線で締め括ってますが、伊藤詩織さんの件とは全く違うし、記事の女性の証言だけを鵜呑みにし、証拠など検証することが完全に抜けてます。今後、裁判で松本人志の代理人は「記事に記載されているような性的行為やそれらを強要した事実はなく、およそ『性加害』に該当するような事実はないということを明確に主張し立証してまいりたいと考えております」と表明しています。
今、真相がはっきりしていることは各メディアで蔓延っている左翼マスコミは、何がなんでも松本人志を社会から抹殺したい、社会的に大きな組織や影響力のある強者を叩き、日本の文化や社会を破壊することが目的ということ。それは明白になっています。
一瞬、あの『六本木心中』や『ランナウェイ』などの名曲の作詞家・湯川れい子がこんなバカなことを!? と思ったら、「湯山」でした。全然知らない人でした。ホッとしました。
それにしても、こんなことを平気で書いてたら、「これだから女って、ヒステリックで理屈が一切通じないんだよな~」なんて、とんでもない偏見をばら撒くことになっちゃいますよ! 本当は、松本人志へのキャンセルカルチャーでは男だって完全にヒステリックになった理屈ゼロの人なんか、いくらでもいるのに!
そういう意味で、女性のしろくまさんが冷静にこのコラムのメチャクチャぶりを指摘してくれて、本当に良かったと思います。(時浦)