今朝のケロ坊のブログは、今までのジャーナリスト記事で
一番面白かった。
さて、コロナワクチンを打った罪のない人が続々死んで
いく。(わしはそう思っている)
わしは打ってないから突然死ぬことはない。
だが70歳になったら、間違いなく、愕然と老化した。
緑内障で足元すら見えなくなったし、脚力の衰えは、
若者はもちろん、妻や秘書の歩きにも、全く追いつけ
ないほどの衰えである。
これが老人の実態だということは知らせておく。
60代はまったく問題はなかったのだ。
歩くのは好きだったし、踏切がカンカン鳴ったら、
遮断機が下りる前に一気に走り抜けていた。
70歳が分岐点だった。君たちもその日が来る。
唯一の希望が「歌謡曲を通して日本を語る」の練習だ。
カラオケの練習での往復、スタジオでも立って歌う
ことが、ようやくわしの脚力を維持している。
生放送のパートナーがチェブリン・モン子になった
のは、神の采配だろう。
最近、わしの活動を知って、音楽の素養のある人が
何人か連絡をとって来るようになったが、わしは断わる
ことにしている。
わしのパートナーは歌唱力や楽器の上手さだけが条件
ではない。
「介護」だ。介護の精神がなければ、わしとはやれない。
わしの老化を遅らせる人材でなければならないのだ。
チェブリン・モン子は常にやる気満々で、歌の練習も、
ピアノの練習もしているし、そのうえMCの能力も上げ
ようとしている。
わしの「介護」にも気を配りながら。
わしがチェブリンを褒めるのは、やむを得ないから嫉妬
しても無駄だ。
星一徹はチームの中で堂々と星飛雄馬を褒めた。
それは息子だからじゃなかったのだ!
努力と能力が群を向いていたからだ。
わしは昭和の男で、スパルタ教育だからな。