「バーチャル」という語を聞いた時、皆さんは何を思い浮かべますか?
バーチャル…それは…
虚構!
虚無!
…というのは、誤解です。
バーチャル(Virtual)は「仮想現実」という訳が広まったせいで「現実感・実体の無いモノ」という印象が定着してしまいましたが、本来バーチャルには「実質」として実物の代替になるもの、という意味があります。
一つ例を挙げると、音楽・音響の分野で20年以上使われているソフトの規格に「Virtual Studio Technology」(以下:VST)というものがあります。
元々、レコーディング等のスタジオでは、大型で高価なハードウェア機材が多数使われていましたが、
写真:Clusternote
現在では、メジャーのトップアーティストから初心者まで、大半の音声処理を、それほど大きく変わらないソフトウェアで行っています。
自分自身がこの世界に入ったのも、ちょうどこうした技術の広がり始めと同じ時期。以前は最高峰のスタジオでしか行えなかったような手法を、自分のパソコン内でいくらでも再現できるという状況(これは「テクノロジーの民主化」!)に興奮し、夢中で色々と試行錯誤していった結果が現在の生業になっています。
僕より一世代下になると、もう最初から「ハードウェアにほとんど触れた事がない」のも一般的。確かにハードならではの魅力もあるのですが、それにこだわりすぎると「専門知の蛸壺」にハマってしまう危険もあるので、「総合知」的なバランスの面では、実質に重きをおいて、モノに縛られない形態が最良であると思います。
さて、と。それは紛れもない本音なのですが…
それなのに、気がつくと仕事場がこんなに機材まみれなのは、どうしてだろう…。
いや、9割の部分は「実質」を備えたバーチャル環境で十分に事足りるんですが、それが完璧になるほど、残り1割の中に存在する「物理の魅力」を追求したくなっちゃう、人間とはまことに不合理な存在です(一般化して言い訳)。
それは、知識や情報の取得、資料性という面では(そうした実質を備えたバーチャルである)電子書籍で十分、場合によっては優れていたりもする一方、
同時に、紙の本の魅力も堪能したくなっちゃう心情に似ています。
横浜西口の有隣堂さん、箔押しの煌めきが活きる素晴らしいディスプレイ!
やはり「ときめき」こそが、最後まで仮想化できない、人を人たらしめる最大級の「実質」なのだと思います。