憲法学者で中央大学名誉教授の長尾一紘氏の『日本国憲法〔全訂第4版〕』
(平成23年、世界思想社)に以下の記述がある。「言論界において、天皇制度廃止論者がごく少数ながら存在する。
そのほとんどすべてが女系天皇に賛成しているのはなぜであろうか。
女系天皇の導入が皇室消滅をもたらしうることを認識しているからである。『愛子天皇』が実現した場合、生涯独身である可能性が大きい。
この場合、天皇崩御とともに皇室は消滅する。皇位継承資格者が
不存在になるからである。
『愛子天皇』がご結婚された場合、その配偶者を『皇婿』という。
この『皇婿』は『陛下』と尊称される。山田姓ならば山田陛下、
田中姓ならば田中陛下と呼ばれることになる。
その皇子、皇女は、山田姓、田中姓になる。
山田姓の皇子が皇位を継承したとき、王朝が変更になる。
このとき2000年来続いた天皇家の王朝は消滅する。
皇位は天皇家から山田家に転じ、山田王朝が成立する。
しかし、この『山田天皇』を国民が天皇と認めることはないであろう」
(32ページ)憲法学の教科書に堂々と「山田王朝」等々というトンデモな記述が
並んでいる事実に驚く。
この本の著者は「世襲」=男系限定という少数説(主な論者は小嶋和司氏)に立脚するばかりか、にわかに信じ難いが、国民が婚姻によって皇族の
身分を取得する際の制度の中身について、ほとんど知識を持ち合わせて
いないようだ。皇室典範第15条(婚姻による皇族の身分の取得)
「皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と
婚姻する場合を除いて、皇族となることがない」この条文を根拠として、国民が婚姻によって皇族の身分を取得する場合、
「その戸籍から除かれる」(「皇族の身分を離れた者及び皇族となつた者の
戸籍に関する法律」第4条)。
天皇・皇族の配偶者となり戸籍から除外された場合、「皇統譜令」の
適用を受ける。現在の皇統譜令の第1条には
「この政令に定めるものの外、皇統譜に関しては、当分の間、
なお従前の例による」とある。これは同令に特段の規定がない事項については、旧皇統譜令に
依拠すべきことを定めたものだ。
その旧皇統譜令には、天皇・皇族の配偶者が皇統譜(大統譜及び皇族譜)に
登録されること、及びその登録の際に戸籍に記入されていた
「氏(名字、いわゆる姓)」が失われて、「名」だけが記入されることも、
規定されている(第11条・第13条・第22条・第23条)。これによって、皇后陛下をはじめ上皇后陛下、各親王妃殿下の皆様が、
国民として戸籍に登録されていた時の「氏」(戸籍法第13条)は、
皇族として皇統譜に登録し直される時に削られた。
このことは、比較的広く知られている事実ではないだろうか。これは、皇室が「無姓(本来の意味での姓も氏も持たれない)」である
故に、当然の制度と言える(但し5世紀のいわゆる「倭の五王」の時代、
シナ南朝の宋と冊封〔さくほう〕関係を結んでいた関係から、外交上、
仮に「倭」という姓を名乗っていた一時期があった)。もし皇室典範が改正されて女性天皇・女性宮家が認められれば、それに伴う
制度改正によって、内親王・女王の配偶者についても“同様の扱い”になる
ことは、改めて指摘するまでもないだろう。女性天皇・女性皇族の配偶者が「山田」「田中」などの「氏」を失うことは、
これまでの男性天皇・男性皇族の配偶者の場合と同じだ。
先の記述はこうした基礎的な知識もないまま、お粗末な思い付きをそのまま
書き付けたに過ぎない。
「山田陛下」「山田王朝」「山田天皇」など勿論あり得ない。失礼ながら、学者の著作(しかも教科書!)としてはレベルが低すぎるのではないか。
しかしこの手の本を読んで、そのまま信じる人がいるかも知れないと
思うと、気がかりだ。なお、文中に「陛下」を「尊称」とするが、皇室典範では「殿下」と共に
「敬称」とされている(皇室典範第23条)。
又、「皇子、皇女」とあるのも、皇室典範の用法では「皇子」に男女を
含ませている(第6条)。この辺りも、著者が皇室典範をきちんと読んでいるのか、少し不安に
させる。そもそも「愛子天皇」が実現しても、悠仁親王殿下の皇位継承
資格そのものが否定される訳では勿論ない(継承順位が現在よりも
下がるだけ)。
そんな初歩的な事実すら理解できていないような記述になっているのは、
一体どういうことか。追記
井手將雪氏『日本は太陽の国①伊都国は日本の最初の【伊の都】』
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