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笹幸恵
2022.12.11 10:47日々の出来事

映画「ラーゲリより愛を込めて」

公開されたばかりの映画「ラーゲリより愛を込めて」を観た。
原作は辺見じゅんの『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』。
一度読んだら忘れられない衝撃のストーリーが、
一体どんな映画になっているのだろう??
しかも主演が二宮和也。
私は「硫黄島からの手紙」を観て以来のファン。
兵隊役をやらせたらニノの右に出る者はいない、
とすら思っている。

2時間以上の長い映画だけど、その長さを
全く感じさせない。集中力が途切れることがない。
途中、あまりに陳腐なセリフで白けることもなかった。
松坂桃李の陰気くささは抜群だし、
人間であることをやめていた時期の安田顕の表情は不気味だし、
希望を失わない主人公役があまりに自然に見えるのは
ニノだったからこそだろう。
涙を拭うタオルは必須だ。

だけど。


私は最後の最後で本当に残念に思った。
これだけラーゲリの不条理を描いて、
言いたいことが「それ」なの?

家族の笑顔、信じ合う気持ち、青い空、目の前の日常。
それらを有り難いと噛みしめる。
それはそれで、大事なことだ。

かけがえのないものを愛おしむ。
人として、大切なことだ。

でもそれが大切で、本当に守らなければならないと思うなら、
なぜ彼らはシベリアに抑留されたのか、
酷寒の地で強制労働しなければならなかったのか、
そこで何が起きたのかを直視しなければはじまらない。
ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄して満州になだれ込み、
終戦後にダモイ(帰国)と言って日本人をシベリアに連行した。
それも戦後10年余りに及ぶ長期にわたって。
そして苛酷な寒さと、栄養失調と、強制労働によって
およそ6万人が死亡したのだ。
明確な国際法違反である。
これが人道に対する罪でなくて、何なのだ。

映画の中で描かれていないわけではない。
だけどラストが「あれ」じゃあなぁ〜。
隣ですすり泣いていた若人に、シベリア抑留の理不尽は
ほとんど伝わっていないのではないか。
「やっぱり戦争はダメだよね」という
通り一遍の感想しか抱けないのではないか。
平和ボケの脳内にさらなるお花畑を作る手助けにしか
なっていないのではないか。

別に復讐心を煽れと言っているのではない。
かけがえのないものを守るために
私たちは何ができるか、何をすべきか。
そして最後には力がなければ何もできないのだという
厳然たる事実を否応なく突きつけるのでなければ、
「ラーゲリから来た遺書」を
わざわざ取り上げる必要はない。

ロシアがウクライナを侵攻している今なら、なおさらだ。
過去の苛酷な現実を、この世界で起きている理不尽を、
人間愛という観点からしか取り上げないのなら、
見るべきものすら見えなくなる。
笹幸恵

昭和49年、神奈川県生まれ。ジャーナリスト。大妻女子大学短期大学部卒業後、出版社の編集記者を経て、平成13年にフリーとなる。国内外の戦争遺跡巡りや、戦場となった地への慰霊巡拝などを続け、大東亜戦争をテーマにした記事や書籍を発表。現在は、戦友会である「全国ソロモン会」常任理事を務める。戦争経験者の講演会を中心とする近現代史研究会(PandA会)主宰。大妻女子大学非常勤講師。國學院大學大学院文学研究科博士前期課程修了(歴史学修士)。著書に『女ひとり玉砕の島を行く』(文藝春秋)、『「白紙召集」で散る-軍属たちのガダルカナル戦記』(新潮社)、『「日本男児」という生き方』(草思社)、『沖縄戦 二十四歳の大隊長』(学研パブリッシング)など。

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