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高森明勅
2020.8.7 06:00皇室

歴史学者の二重基準

本には、一応頷(うなず)けるけど、まるで面白味を感じない
場合がある一方、逆に受け入れられない部分もしばしば
目につくのに、とにかく興味を惹(ひ)く場合がある。

書物として、後者の方が断然、魅力的なのは言う迄もない。
私にとって、歴史学者・桃崎有一郎氏の著書は主に後者に属する。
近刊書(『京都を壊した天皇、護った武士』)もそれなりに
楽しく読めた。

しかし、ダブルスタンダードは感心しない。

承久(じょうきゅう)の変に際して、後鳥羽上皇が内裏
(だいり)守護の任にあった源頼茂を「謀反(むほん)を
企てた」という理由で攻めた結果、頼茂が自害するに際し、
内裏に放火した事実を捉えて、「後鳥羽が焼いたに等しい」
(実際に放火した頼茂ではなく、そのような場面に追い込んだ
後鳥羽上皇が悪い!)と非難した。

これに対し、後醍醐天皇が足利尊氏の軍勢に攻められて、
比叡山に逃れるに当たり、「拠点を敵に活用させないために」
内裏に火を放たせた件を、「焼き払ったのは、後醍醐の意思である」
(そのような場面に追い込んだ尊氏側ではなく、実際に放火を
命じた後醍醐天皇が悪い!)と非難している。
どちらも、とにかく悪いのは天皇(上皇)側、
という結論になっている。

しかし、これは明らかにダブルスタンダードではあるまいか。
どちらの視点にもそれぞれ一理はあろう。
しかし少なくとも、判断基準としては統一すべきだった。
そうでなければ、本書のタイトルにある「京都を壊した天皇」
という印象を強める為の、コジツケのように見えてしまう
(文中、『大日本史料』や『後醍醐天皇実録』などの誤りを
丁寧な史料批判で訂正されたのは、学問上、有益な成果ながら)。

天皇批判者の中には、実は本人も無意識のうちに、
天皇という存在に対して、強大な政治力や卓越した倫理性を
求めている例(その無意識の要求に、充分応えられないからバツ、
という評価の仕方)が、少なからずある。
今回も似たものを感じた。

なお、「エピローグ」に京都御所(ごしょ)を巡り、
次のような一文があった。

「(日本が)法治国家で民主主義国家である以上、国民の側は、
法に基づかずに好意で京都御所の維持費を出すことができない。
京都御所が、国民の総力で守るべき“国民全員の財産”
であるためには、国有財産にすることを避けられないはずだ」

??これは奇妙な発言。
著者は何故か「京都御所は天皇の私物である」と
思い込んでしまっている。
その「維持費」は現状、どうなっているとお考えなのか。
憲法第88条にこうある。
「すべて皇室財産は、国に属する…」と。

今さら「避けられないはずだ」などと改めて訴える迄もなく、
京都御所はとっくに「国有財産」だ。
「皇室“用”財産」という位置付けで、専ら皇室の用途に
当てられることになっているものの、天皇や皇室の“持ち物”
(私物)では決してない。

皇居や赤坂御用地なども同様(なので、“維持費”には
皇室経済法第5条に基づき宮廷費が当てられている)。
せっかくの締め括りが、少し残念な記述になってしまった。

もっとも、この辺りは歴史学者の守備範囲ではなく、
担当の編集者が当然、気付くべきだったかも知れないが。

【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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