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泉美木蘭
2020.7.5 10:44

朝起きると向かいの会社がもぬけの殻になっていた

朝起きてベランダに出ると、
向かいのビルの会社がもぬけの殻になっていた。
ヘルメットに防塵マスク姿の外国人たちが、
タイルカーペットやブラインドカーテンの部品など、
内装に使っていた資材を抱えては、
2階の窓から地上のトラックの荷台へと投げ下ろしている。

ある業界に特化した専門誌を作っている会社だった。
一年間にいくつもの大会が行われる業界だが、
すべて中止になっているのは私でも知っているし、
この状況ではスポンサー広告も入らず、事業継続できなく
なってしまったのではないだろうか。

私は毎日ベランダの窓を開放したまま、窓際の机で仕事を
しているのだけれど、たまたま音楽もラジオも消して
根を詰めていたとき、
向かいの会社の男性が、ベランダに出て一服しながら、
電話で「お利口さんだった? パパ、もうすぐ帰るからね」
と小さい子どもと話すような声が響いてくることがあり、
「向かいのあの会社」に連なっている、ささやかな人の営み
を感じたことがあった。

その男性は、ベランダに出て電話をするのが好きなようで、
しかもやたらと大きな声で遠慮なしに話す人だったので、
細い道一本はさんだ部屋で仕事している私の耳には、
名前は聞こえてくるし、役職は聞こえてくるし、
取材アポの日程は聞こえてくるし、
その他数々の業界情報が漏れに漏れてきていたので、
一度、わざとパセリの世話をするふりをしてベランダに
姿を見せて、目を合わせずに声を下げてもらうという
一幕もあったのだけど。

そういう仕事の日常が、こんなことで消えてしまうなんて、
本当に気の毒だ。

「じゃあオンラインでやればいい」のか。
「テレワークと副業が進んだ社会になればいい」のか。
簡単にそう言う人もいるけど、
合理化のなかで育まれるのは、
合理化が骨の髄まで染み込んだ人間で、

果ては、他人との人間関係も、家族関係すらも、
合理化・効率化・自己中心的な損得でしか見ることのできない、
無関心で無縁な人が大勢漂う社会ではないかと思えてくる。

そのぐらい、日本人は簡単にのみ込まれてしまうということが、
今回よくわかったことだ。
浅はかなエゴとは意識して戦わなきゃいけない、
ひしひしとそう感じる。

泉美木蘭

昭和52年、三重県生まれ。近畿大学文芸学部卒業後、起業するもたちまち人生袋小路。紆余曲折あって物書きに。小説『会社ごっこ』(太田出版)『オンナ部』(バジリコ)『エム女の手帖』(幻冬舎)『AiLARA「ナジャ」と「アイララ」の半世紀』(Echell-1)等。創作朗読「もくれん座」主宰『ヤマトタケル物語』『あわてんぼ!』『瓶の中の男』等。『小林よしのりライジング』にて社会時評『泉美木蘭のトンデモ見聞録』、幻冬舎Plusにて『オオカミ少女に気をつけろ!~欲望と世論とフェイクニュース』を連載中。東洋経済オンラインでも定期的に記事を執筆している。
TOKYO MX『モーニングCROSS』コメンテーター。
趣味は合気道とサルサ、ラテンDJ。

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