皇室典範の11条に以下の規定がある。
「1 年齢15年以上の内親王、王及び女王は、その意思に
基(もとづ)き、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。
2 親王(皇太子及び皇太孫を除く。)、内親王、王及び女王は、
前項の場合の外、やむを得ない特別の事由があるときは、
皇室会議の議により、皇族の身分を離れる」
皇籍離脱を巡る規定だ。
注目すべきは“2項”。同項によれば、原則として全ての皇族が“皇族”の身分を離れる可能性を持つ(親王、王の妃やその子などは、原則として配偶者又は父親たる親王、王の皇籍離脱と共に離脱。13条)。その中で、例外となるのは「皇太子及び皇太孫」だけ。では、皇太子・皇太孫で“ない”皇嗣はどうか?
その場合は、(同条による限り)やはり皇籍離脱の可能性がある。
皇室典範は、()内の例外規定を敢えて「皇嗣」と表記せず、
わざわざ「皇太子及び皇太孫」と“名指し”した。
これは、包括的に「皇嗣」とした場合、皇太子・皇太孫の他に、
「皇太子や皇太孫ではない皇嗣」も含まれてしまうからだ。言い換えると、皇室典範は、皇太子・皇太孫“だけ”離脱の可能性が
全否定する一方、それ以外の皇嗣には離脱の可能性を残した
(この点、法制局「皇室典範案に関する想定問答」の説明は、
やや行き届いていない)。後者なら、離脱しても次の順位の継承資格者を繰り上げて
対応できる、という考え方だ。
皇室典範において、“直系”の継承者である皇太子及び皇太孫と、
それ以外の“傍系”の皇嗣の位置付けに、大きな格差が設けられて
いることに、気付かなければならない。これは、皇室典範が「皇位は直系で継承されるのが望ましい」
との立場(2・8条)であることに基づく。
この直系主義は、明治の皇室典範の原則を踏襲したものであり、
明治典範は前近代の皇位継承の伝統を踏まえて原則を定めていた。【高森明勅公式サイト】
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