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高森明勅
2019.12.2 06:00皇統問題

「男系」「女系」定義の不均衡

よく「女系の意味も知らないで」と上から目線で語る人がいる。
しかし、一般に通用している「女系」概念それ自体が問題を
孕んでいる。
その事実に気付いていない場合が殆ど。
具体的にはこういう事だ。

普通、「(皇統における)男系とは父親を通じて天皇に繋がる血筋」と説明される。
ならば、「女系とは母親を通じて天皇に繋がる血筋」となる。
その場合、「父親でも母親でも天皇に繋がる血筋」のケースはどうなるか?

男系社会のシナであれば、勿論こんな問いは成り立たない。
皇帝の一族同士の結婚は、「同姓不婚(同姓はめとらず)」の原則があって、
許されないからだ。
同姓なら、男系で同一の血統同士の結婚なので、殆ど近親相姦に等しい。
ところが、日本の場合は事情が全く違う。
歴史上、皇族同士が結婚したケースは多い。
明治の皇室典範は、むしろ皇族同士(又は勅旨により特に認許された華族と)
の結婚を、規定していた(第39条)。

シナのような根っからの男系社会ではないからだ。
同族でも「女系」で血筋が違えば結婚できる。

では、皇族同士の結婚によって生まれたお子様は、男系か女系か。
「男系に決まっている」と考える人が多いだろう。
しかし、歴史上の実例に照らして、母親が天皇で父親が皇族だったら?
「天皇か、天皇でないか」の区別と、男女の性別の、どちらを優先するか。

当然、「天皇か、天皇でないか」の区別こそが本質的。
性別などは二の次だ。
つまり、母親が天皇ならば、父親が皇族でも女系と見るのが、
「天皇」という地位を尊重する以上、当たり前の結論でなければならない。

現に、前近代の形式上の基本法だった「養老令」(及びそれに先行する大宝令)
は、そのような立場だった。
従って、「女系とは母親“だけ”を通じて天皇に繋がる血筋」という、
男系よりも恣意的に“狭(せば)めた”定義は、そのまま採用できない。
従来、無反省にそうした女系概念を前提に「かつて女系天皇は存在しなかった」
と語られて来た。

しかし、そうした女系概念と均衡を取る為には、
「男系とは父親“だけ”を通じて天皇に繋がる血筋」と定義されねばならない。
この定義なら、歴代天皇のうち、「男系」では“ない”天皇が少なからず
存在する事になる。

つまり、これまでの女系天皇「不在」論は、予め女系概念を男系より
不均衡に狭く定義するという、“トリック”によって支えられて来たのだ。

【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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