「ゴー宣道場」は全国各地で有志が自分の地域に呼びたいと
思っているようで、とてもありがたい熱意だと思う。
このニヒリズム蔓延の世の中で、社会と繋がって公に資する
議論をしたいという情熱があるのだから、大した人たちだと
思う。
できるだけその熱意に応えたい。
けれど今、わしは首をひねる事態が発生していて、関西で
年2回開催を発表しても、その後のメーリスの反応を見て
いると、誰も喜んでいないのだ。
大阪で、カレーと聖母W氏を交えて数時間、話しあった
ことがある。
「なんで設営隊長を辞めたんだ?」と問うと、後進を育てる
ためだと言った。
ならば公共心からだから、やむを得ないと思った。
わしは関西での年2回開催をしもPに連絡したが、「関西
での2回の開催ご検討ありがとうございます!ちぇぶさんに
連絡を取り話し合わせていただきます」と返事が来た。
素直に喜んでくれていると思った。
ところがメーリス内では、関西方面は誰も喜んじゃいない。
ちぇぶと仲が悪いカレーを忖度しているのではないか?
だとしたら情けない。「個」が弱い。
カレーが喜ばなければ、自分たちも喜ばないと決めている
のではないか?
つまり、「個」が「集」に埋没しちゃってるのではないか?
わしの『脱正義論』を読んだことがないのか?
(つづく)