哲学者で文化勲章を受章した
梅原猛氏が亡くなった。
それで思い出した事がある。随分、昔の話。ある保守系オピニオン誌の企画で、「梅原日本学」批判の座談会を行った。梅原氏は、幅広い分野についての膨大な著述があり、斬新かつ大胆な見方を提示し、読者も多かった。しかし、その多くは実証的な根拠を欠く、殆ど荒唐無稽に近い内容。その頃、影響が大きかっただけに批判的な検討は必要だった。その時のメンバーは八木秀次氏、新田均氏と私。私が前近代を担当し、新田氏が近代、八木氏が現代という大まかな分担だったはず。事前に編集部から、同氏の近刊書や雑誌・新聞などに発表した文章のコピーが、ドッサリ送られて来た。座談会は編集長が司会を務め、それなりに充実した内容になったと思う。編集長の案内でそのまま山の上ホテルに移動し、みんなでお酒を飲みながら夕食を共にした。ところが、結局この座談会はボツになった。当時、出版界で批判するのが一番タブーな1人が梅原氏だったらしい。聞いた話では、必ず抗議して来るし、その抗議先も編集部じゃなくて社長に直接行く。又、それぞれの出版社から出している自分の本の版権を引き上げると言い出す。更に、中曽根康弘氏のような親しい政治家を使う事もあったとか。その時のゲラ刷りは、
まだ書斎のどこかに埋もれているはずだ。