わが国最古の歌集、万葉集。
柿本人麻呂や大伴家持をはじめ名歌も多い。それらの中で、天皇・皇后両陛下が最も好まれている歌は何か?勿論、普通ならそんな事は分かる訳がない。ところが、果敢に両陛下に直接、その事をお尋ねした勇者(?)がいる。女優の檀ふみさんだ。彼女が平成21年1月から始まったNHKの番組「日めくり万葉集」の朗読を担当していた頃、何と両陛下からお召しがあった。それで御所に参上した折に、上記の件をお尋ねしたという。以下、ご本人の文章から。「思い切って、両陛下にそれぞれ万葉集のなかでもっともお好きな歌をうかがうと、美智子さまは天皇陛下のほうに視線を送られました。
陛下は『うーん』と少しだけ間を置かれ、東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて反(かへ)り見すれば月傾(かたぶ)きぬと、小さく歌うように朗唱されたあと、『むかしは野を“ぬ”と言ったけどね』と付け加えられたのです。私も大好きな歌です。美智子さまはお好きな歌がいくつもあってなかなか絞りきれないご様子でしたが、次の2首を挙げられました。たまきはる宇智(うち)の大野に馬並(な)めて 朝踏ますらむその草深野(くさぶかの)天(あま)の原振り放(さ)け見れば大君の 御寿(みいのち)は長く天(あま)足(た)らしたり…いずれも天皇をお慕いする歌ですし、とりわけ『たまきはる』は、昭和34年のご成婚前日に歌われた、たまきはるいのちの旅に吾(あ)を待たす 君にまみえむあすの喜びを思い起こさせます」(同氏「神々しいお2人との対面」より)万葉歌から即座に皇后陛下のご独身時代の御歌(みうた)を連想するなんて、普通の万葉ファンにはとても出来ない。檀さんも、日本文学史上に名をとどめる、かの檀一雄(かずお)の令嬢だけあって、人並みでない才女だと分かる。「東の」は柿本人麻呂の作で、余りにも有名。「東の野辺に曙(あけぼの)の光がさしそめて、振り返って見ると、月は西空に傾いている」(伊藤博氏『万葉集釈注』、以下同)といった意味になる。雄大な光景だ。直球でこの歌を選ばれる辺り、いかにも「国民統合の象徴」たる陛下らしいと申すべきか。「たまきはる」の作者は間人皇女(はしひとのひめみこ)。但し実作者は、皇女に仕えた間人連老(はしひとのむらじおゆ)とも。意味は「たまきはる宇智の荒野(あらの)で、この朝、我が大君は、馬を勢揃いして、今しも踏み立てておられるのだ、ああ、その草深い野よ」。紛れもない天皇讃歌。「天の原」は倭姫王(やまとひめのおおきみ)が詠まれたもの。「天の原を振り仰いではるかに見やると、我が大君の御命は、とこしえに長く天空いっぱいに充ち足りていられます」切なる祈りの籠った歌だ。陛下を最もお側近くでお支えする「皇后」であられ、かつ現代最高の歌人のお1人とも言える、皇后陛下ならではの選歌ではあるまいか。
檀さんの蛮勇(?)に感謝。