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泉美木蘭
2016.3.10 22:03

3月11日。

昨夜はやけに寒く、新宿2丁目は人通りもいつもより少なかった。
店を閉め帰宅の途についた深夜2時、2丁目最高齢のゲイバーのママ、
『洋ちゃん』に会った。もう81歳になるはずだ。
小雨のなか、店の外に、ぽつっと立っていた。
店じまいしようか、もう少し客足を待ってみようか、迷っていたのだろう。
洋ちゃんはいつも和服を着て、笑顔でいる。化粧も女装もしていない。

「洋ちゃん、おつかれさまです。今夜は寒くてだめですね」
「そうね。うちも閉めようかしら…でも、早いもんだね。もう5年よ、震災」

そう言って、店の看板をぼんやり見上げながら――「おつかれさん」。
洋ちゃんは、優しい笑顔をこちらに向け、見送ってくれた。
深夜のこの町の片隅にも、今日を想う人はいる。何気ない会話だった。


あっという間に月日が過ぎてゆく。
昨年は、たまたま原発被災地での仕事があり、福島の漁師町で
慰霊祭に参加したが、今日はいつも通りの日常だ。

震災後、福島県、宮城県、岩手県内で知り合った多くの友人も、
この5年でずいぶん生活が変化したようだ。
余震のなか、避難所で出会ったというあるカップルは、夫婦になった。
お互いひとりぼっちの状態で、不安な夜にたまたま隣り合ったのがきっかけ。
猫一匹が家族に加わり、楽しく暮らしているらしい。

一緒に福島の応急仮設団地、仙台、閖上、気仙沼と慰問イベントを開いて
回ったチームの団長は、今年も、消防士として殉職した親友の死に場所に、
タバコと酒を供えたそうだ。
「でも、もくれんさん、まあよく仮設団地であんなエッチな古事記を朗読
したもんだよねえ。おまぐわり、おまぐわりって響き渡って爆笑だったな」
お、おうよ・・・。
現在も、休日を利用して慰問イベント活動は継続中。

被災地へ本を寄付する活動でご一緒した仙台の喫茶店マスターは、
めでたく奥様との赤ちゃんが誕生し、すくすく成長。
当初は『店内写メ禁止』の硬派な喫茶店だったが、今では子連れママが
集まってサロンを開く店となり、その様子を、写メで送って下さったりする。
奥様の実家は、ご家族もろとも流されてしまったけれども、唯一生存した
義父と、新しく誕生した赤ちゃんとの並ぶ写真も見せて下さった。
この写真のなかには、『ひとまず瓦礫撤去して、地均しだけ行った状態』
といった「復興」とは程遠い景色も映りこんでいた。


現在も仮設住宅に暮らす被災者は、5万8000人。
朝日新聞が行った原発事故で避難した住民へのアンケートによると、
震災前にいた地域には「もう帰れないと思う」と回答した人が40%近くに
のぼっていた。
また、「避難先の地域の人たちと話をするようになったか」という問いには、
31%が「ほとんど話をしない」という。

ふるさとでない地方に溶け込むことは難しい。
東電からの賠償金を元手に、家を購入し、仮設暮らしを脱出した被災者は
多いが、
この賠償を得たことで、津波被災地区の住民から、『不公平』との
理由で、心無い中傷を受けるケースが後を絶たないという。
壁に、スプレーで「被災者帰れ」と落書きされた光景には愕然とする。

避難民であることを隠し、肩身の狭い思いをしなければならない人々。

故郷を奪われ、孤立し、また新たな理不尽が降りかかる。
「ちょうど5年」「早5年」、そう表現はできる。
けれども、決して区切りは来ていない。
泉美木蘭

昭和52年、三重県生まれ。近畿大学文芸学部卒業後、起業するもたちまち人生袋小路。紆余曲折あって物書きに。小説『会社ごっこ』(太田出版)『オンナ部』(バジリコ)『エム女の手帖』(幻冬舎)『AiLARA「ナジャ」と「アイララ」の半世紀』(Echell-1)等。創作朗読「もくれん座」主宰『ヤマトタケル物語』『あわてんぼ!』『瓶の中の男』等。『小林よしのりライジング』にて社会時評『泉美木蘭のトンデモ見聞録』、幻冬舎Plusにて『オオカミ少女に気をつけろ!~欲望と世論とフェイクニュース』を連載中。東洋経済オンラインでも定期的に記事を執筆している。
TOKYO MX『モーニングCROSS』コメンテーター。
趣味は合気道とサルサ、ラテンDJ。

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