皇后陛下がお誕生日のお言葉で、「生前退位」という言葉に
お触れになった時の「衝撃」を、率直に表明しておられる。
「衝撃は大きなものでした。それまで私は、歴史の書物の中でも
こうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に
痛みを覚えたのかもしれません」と。
生前退位というのは法学的な概念なので、一般の国民でさえ違和感を
持って不思議ではない(歴史的な用語では“譲位”)。
まして、当事者であられる皇后陛下が「痛み」という強い感情を
抱かれたのは、当然だろう。
この言葉が使われた早い例は、私が確認している範囲では
昭和21年の「皇室典範案に関する想定問答」(法制局)。
典範案第4条を巡る「問40」に
「天皇生前の退位を認めない理由如何(いかん)」とあり、
「答40」に「天皇の生前退位を認めることは…」と出てくる。
以降、憲法の注釈や解説の類にあまた使われていることは、
以前にも紹介した。
これは、皇位継承の原因の1つである先帝の崩御と対比して
用いられる言葉なので、敢えて「生前」という表現を付け加えている
(皇位継承の原因はこの2つだけ)。
あるいは歴史上、異例ながら「死後」退位(譲位)と言うべき
ケースもいくつかある。
例えば、後一条天皇から後朱雀天皇へのケースとか。
天皇の「遺詔」により、暫く崩御の事実を秘して「譲位」という形で、
次の天皇が即位された(『日本紀略』『続世継』)。
又、譲位というのは“譲られる相手”を予想した言葉で、
天皇の「退位」と皇嗣の「即位」を併せた趣(おもむき)がある。
だから概念的に些か曖昧で、法律上の用語としては必ずしも
相応しくない。
よって、「生前退位」という一般には耳慣れない言葉にも、
全く根拠がない訳ではない。
皇后陛下は先のお言葉で「私の感じ過ぎであったかもしれません」
とおっしゃっている。
しかし皇后陛下のお立場では、至極当たり前の感覚だろう。