國學院大學名誉教授の大原康男氏は、
恐らく葦津珍彦(あしずうずひこ)氏亡き後、天皇・皇室について
最も「権威」を持って語ることができる学者だろう。
その大原氏が、この度の天皇陛下の「譲位」のご意向を巡り、
次のように述べておられる。
「何よりも留意せねばならないのは『国事行為』や
『象徴としての公的行為』の次元の問題ではなく、『同じ天皇陛下が
いつまでもいらっしゃる』という『ご存在』の継続そのものが
『国民統合』の根幹をなしていることではなかろうか」と。
だが、畏れ多いことながら
「同じ天皇陛下が“いつまでも”いらっしゃる」ことは、事実において
不可能。
だからこそ、これまで125代にわたる皇位の継承が行われて来た。
更にこれから先も(今上陛下のご長命を祈り上げる気持ちは勿論
ながら)、現実に“永続”不可能な「『ご存在』の継続そのもの」
ではなく、代々の天皇によって皇祖以来のご血統と祈りが“無窮”に
受け継がれて行くことを、多くの国民は願っているのではないか。
「“同じ”天皇陛下がいつまでもいらっしゃる」のではなく、
“新しい”天皇陛下のご即位があったからと言って、たやすく
「国民統合の根幹」が揺らぐようでは、皇位の「万世一系」など到底、
望み難いだろう。
大原氏は以前、次のように述べておられた。
「『日本国民統合』は…〈状態概念〉である…〈状態〉の象徴は
さらに動態(アクティブ)が加味されなければ、その役割を十分に
果たすことができない」と。
即ち、その静態的な「ご存在」だけでなく、
天皇が「動態」的に“行為”に関わられることが、
「国民“統合”の象徴」として極めて重要である、と
強調しておられたのだ。
この指摘は、譲位のご意向が明らかになった今、一層、
説得力を増している。