いよいよ今週土曜・22日の20:00〜に迫った、フレンドリッチの会生配信!
はやる気持ちを鎮めるため、とりあえず1円玉を回してみました。
こうしたアニメーションを作る作業中、実は頭の中で様々な「概念」と向き合っています。
アニメーションはただ「動かす」だけでは薄っぺらになりがち。観た人に印象を残すためには「心への働きかけ」を大きく意識するので、知らず知らずのうちに様々な思案に浸っている事があります。
「フレンドリッチ」が無ければ、1円玉についてこんなに考えることは無かったかもしれません。
そして、考えれば考えるほど、1円玉の凄さを実感します。
1円は日本の通貨としては最小単位ですが、「無」と「1」の間には、どんなべらぼうな数字よりも大きい差があります。
おぼっちゃまくんの新たなブレイク先であるインドでは「0(ゼロ)」が発明されたと言われますが、そのインドでの展開において、対をなす概念である「1」(円)がシンボルとなった茶魔語「フレンドリッチ」が生まれた意味は、よーしゃなく奥深い。
通貨としての1円の価値は、例えば外国通貨との相場では時流により相対的に変化しますが、独立した通貨である限り、日本国内においては無(ゼロ)と有の間という絶対的な価値を持ち続ける。そして、日本人自身によって、その価値を高めて行く事も可能です。
これがもし「世界グローバル通貨」などに統一されてしまったら、取引の処理上は便利な面もあるかもしれませんが、0と1の差という概念も世界サイズで大幅に希釈されたものになってしまうでしょう。
やはり、「1」の感覚を共有できる国民によって紡がれる文化があり、それらが違いを持った上で付き合う世界の方が、どう考えてもはるかに面白い。
まずインドで展開されるフレンドリッチが、1ルピーじゃなく1円である事で、インドと日本のフレンドリッチもはるかに深くなると感じます。
こんな思案が、また別の方向にも無限に広がってしまう1円玉は本当にすごい!
また何か新たな「誕生」が繰り広げられるかもしれない、希望とスリルに満ちたフレンドリッチの会生配信、どうぞお楽しみに!