文章には「オタク的作文」というものがあると
思っている。
なぜそれを書くのかという大目的がなく、
知っていることをただただ書き連ねるだけ。
あれやこれやとオタク的知識を披露するのだけど、
結局はそこにマウント取りと自己承認欲求しかないから、
本質からは離れた小手先作文になる。
読後感は「So What?」(で、何が言いたいの?)
しかない。
今週の『SPA!』の倉山記事はまさにそれ。
衆院選の結果が出る前の執筆、
与党過半数割れの見立てであることに触れ、
しかし民主党はまともな選択肢ではないから
現状は「1.5大政党制」だといっている。
二大政党の片方が弱いから0.5減らしたのだろうが、
なんかそれって正確に現状を表している言葉か?
この前半だけでも「俺っていろいろ考えてるんだぜ」臭が
プンプンしているが、後半はさらにわけがわからない。
与党過半数割れの場合、どこが躍進するのか、
どこが連立するのか、しないのか。
下馬評なんか意味はないのに。
挙げ句、少数与党で政治の空白が生まれるから、
1年以内に再び選挙を行え、
それまでは選挙管理内閣になれ、
うまく運営するために立民から野田代表を
「無任所国務大臣」として入閣させろ…云々。
うん?
誰に言ってるの?
石破さん宛て??
しかも、
野田大臣はこう行動しろ、
制度はこんなふうに融通をきかせろ、
他の野党はこれを与党に申し入れろ…云々。
もう一度聞くけど、これ、
誰に言ってるの?
誰にでも言論の自由はあるから、
夢物語だろうと何だろうと、書く自由はある。
が、思いつき程度の絵空事を
「俺ってこんなに深いこと考えているんだぜ」的な
ニュアンスで書かれても鼻白むだけだ。
図上演習ならぬ、倉山脳内演習を延々と垂れ流されたところで、
「So What?」
しかない。
読者がこれ読んで、どうしろというのか。
普通なら、これ、ボツになるレベルだと思うけど。 「倉山先生、やっぱりいろいろ考えていらっしゃるのね」 と思ってもらえたら満足か? その程度の記事、Twitterで済ませとけ。
と、これを広島に向かう車中で書いています。
皆さま、明日、広島DOJOでお目にかかりましょう〜。