最近、『ゴー宣』とその読者と、「ゴー宣DOJO」の門下生
との距離感について、色々考えることがある。
『ゴー宣』の真の読者は実践できる人だと、総合Pは
言うが、それは無理だと思う。誰もいない。
読者として、とことん読み込んでいる者なら、トッキー
と岸端に匹敵する者などいない。
賛成する箇所も反対する箇所もあるという読者は大多数
だろうし、珍しくもない。
総合Pが言うように、真の読者なんて言ったら、0人に
なってしまう。
時々、ぎょっとするほどわしの考えを理解している者が
いるが、それでもわしの分身じゃないのだから、どの
くらいの理解者なのかは分からない。
中には熱烈なファンだと言いながら、まったくわしの
思想とは違うことを口走っている奴もいる。
それはもうアンチじゃないかと思うほど、わしの考え
とは違っている。
だが『ゴー宣』ファンと称する者がそれを受け入れて
いたりする。失望しかない。
どうせわしの思想は敗北することは分かっている。
それでもわし自身が、ある特定の問題の真実を探求し、
描き記しておきたいと思うテーマがまだある。
それは解決しておかねばならない。