【ゴー宣欄外名言 その34】
自称保守の側も、サヨク・リベラルの側も、立ち位置の同調圧力で主張が決まっている。いわゆるポジション・トークだ。何も考えなくていいから、楽なんだろうね。
(SAPIO2014.1)
先日のゴー宣DOJO「チェブリンに保守思想を分かるまで教える」の中で「思想とイデオロギーはどう違うのか?」という疑問に答えていたところがありましたが、これも「思想」と「イデオロギー」について、端的に言い表している名言だと思います。
「イデオロギー」は、主張が決まっていて、何も考えなくてもよくて、お仲間もできて、うまくいけば「食い扶持」までできるかもしれないのだから、こんな楽なものはないでしょう。
「思想」とは、常に考え続けなければならず、常に一か所に安住することはできないものですから、苦しく、孤独なものともいえるでしょう。
みんな圧倒的に楽で安易な方向に流れていくものだから、「イデオロギー」に染まる人の方が圧倒的多数で、「思想」する人なんか滅多にいないのです。
西部邁の「弟子」ですら、ただのひとりの「思想家」もいなかったという事実が逆に、思想し続けることがいかに困難であり、思想し続ける人がいかに貴重であるかを、よく示しているのではないでしょうか。