公論イベントの運営にもイマドキなものが続々と導入されていますが、その一つが会場受付での、PayPayによる参加費のQR・バーコード決済。
私も最近は、外出先での支払いの9割はPayPayかクレジットカード(電車はもちろんICカード)で、現金は「非常用に」持っているみたいな意識になっています。
QR・バーコード決済は、カード類のような特別な読み取り機などが無くても、印刷したバーコードやスマホ画面で導入できる「受け取り側の敷居の低さ」も絶大なので、今後おそらく決済方法の1位になって行くでしょう(度々報じられていますが、特に中国では道端の露天までほとんど全ての店が採用しており、現金のやり取りがほぼ無いレベルだとか)。
ところで、このQRコード(2次元バーコード)を開発したのは、日本の自動車部品メーカーであるデンソーで、工場や流通での部品管理への使用を目的に作られました。
そしてキャッシュレス決済は、現金を持ったり、お釣りをやり取りするという面倒から人々を開放しますが、当然ながらすべてのやりとりが記録されるので、国家を含む第三者に、自分の経済活動を完全に把握される状態となります。
意地悪な言い方になってしまいますが、自動車部品の管理に絶大な成果を上げた技術は、人間の管理にもピッタリだったという皮肉が存在してしまうんですね。
自分も普段の生活においては、特にやましい事も無いので、便利さに飼いならされてキャッシュレス三昧の日々を送っています。
その一方、「自由」と「手間」は不可分である事が多い、と思う場面もどんどん増加しています。
一番大切にしたい自由に、最大限の手間を注ぎ込むためにも、(自分の価値観の中における)「どうでも良い事」を可能な限り切り捨てて余力を作るといった取捨選択も、密度の高い人生には不可欠なのでしょうね。