先頃、上皇陛下は秋篠宮家のご長男、悠仁親王殿下が将来、
即位されることを望んでおられるとの憶測記事を見かけた
(「SPA!」令和5年8月1日号)。しかし残念ながら、その根拠は薄弱だ。
平成23年に行われた悠仁殿下の「着袴(ちゃっこ)の儀」の際に
上皇陛下から贈られたご装束の襟の綴(と)じ糸が、
通常の「高倉流」(=“斜め十字”)ではなく、皇位継承者の場合に
用いられる「山科流」(=“縦十字”)だったから、というだけのこと。ネット上に転がっているありふれた豆知識に過ぎない
(記事には襟とだけあるが、詳しく言うと頸紙〔くびかみ〕の
蜻蛉頭〔とんぼがしら〕の付け根の部分)。しかし、秋篠宮殿下の令和になってからのご装束も同じ
「山科流」である事実には、何故か触れていない。
敢えて伏せたのか、それともその事実自体を知らないのか。秋篠宮殿下は現在、皇位継承順位が第1位で「皇嗣」とされている。
だが、ご本人は「皇太子」「皇太弟」というお立場を固辞された
(御厨貴氏、朝日新聞デジタル、令和2年11月8日、16時56分配信。
先の記事は秋篠宮殿下を無造作に「皇太弟」と表記しているが、不正確)。
更に、秋篠宮殿下が即位を辞退されることを予想させるご発言は、
他にもいくつかある。畏れ多いが、ご年齢が天皇陛下より僅か5歳ほどお若いに
過ぎないことを考えても、実際に即位される可能性は低いと思われる
(拙稿「皇位継承順位は第1位でも『秋篠宮さまは即位するつもりはない』
と言えるこれだけの理由」プレゼントオンライン令和4年4月29日公開)。
https://president.jp/articles/-/62282?page=1
しかし制度上、皇位継承のラインに乗っておられるので、綴じ糸は「山科流」。悠仁殿下についても同じく制度上は、“今のところ”次世代で
唯一の皇位継承資格者なので、同様の扱いになるのは当たり前だ。
しかし、制度上の扱いから直ちに「大御心(おおみこころ)」に
短絡するのは、首をかしげる(以前にも、もっぱら内閣の助言と承認、
つまり内閣の意思によって行われた前代未聞の「立皇嗣の礼」を、
“大御心”によると勘違いしたケースがあった)。悠仁殿下の着袴の儀の翌年、平成24年の春頃から、
上皇后陛下のご提案により上皇陛下、天皇陛下、秋篠宮殿下による
「三者会談」が始まっている(正確には「〔上皇〕陛下のご意向を
察しられた皇后〔現在は上皇后〕陛下のご示唆があり、陛下が
『それはいい』ということで始まった」
〔当時の宮内庁長官だった羽毛田信吾氏の証言〕という)。このご会談には、宮内庁長官が陪席し、上皇后陛下は
お加わりになっていない。
このメンバー構成から、会談での最重要テーマは当然、
皇位継承の将来についてだったと拝察できる。
ご会談での合意内容は勿論、ご提案者でいらっしゃった上皇后陛下も
共有されていたはずだ。興味深いのは、三者会談がスタートして1年余りが過ぎた
平成25年6月12日に、漫画家の小林よしのり氏が、当時の
風岡典之・宮内庁長官に呼び出されていた事実だ。ちなみに小林氏は、これ以前に『天皇論』(平成21年6月)
『昭和天皇論』(22年3月)『新天皇論』(22年12月)を
次々と刊行され、「女性天皇・女系天皇を認めるべし」という
立場を鮮明にして、大きな反響を呼んでおられた
(この3作については私も僅かばかりお手伝いをさせて戴いた)。そのような小林氏に、宮内庁長官サイドから接触を求めて来ただけでも、
見逃せない出来事だ。
しかも驚いたことに、風岡長官は上皇后陛下(当時は皇后)から
小林氏への“直々のメッセージ”を託されており、それがメインの
要件だった。上皇后陛下は慎重かつ大胆に、誤解の余地がない周到な工夫をされて、
小林氏にメッセージをお伝えになった。
そのメッセージは、小林氏が打ち出した方向性の
“背中を押す”意味合いを持っていた。
小林氏は宮内庁から連絡を受けて、作品内容にクレームを
つけられるのではないかと危惧しておられたそうだが、逆だった。
私もこの出来事の後、小林氏ご本人から直接、上皇后陛下から
届けられた現物を示される形で、そのメッセージを教えて戴いた。この時点で、皇位継承を巡る核心部分に着いて三者の間に
いまだ合意が確保されていなければ、上皇后陛下が独断でこのような
(一定のリスクを伴う)対外的な行動に出られることは、想定しにくい。つまり、三者会談に陪席していた宮内庁長官という
公的なルートを介して小林氏に届けられた上皇后陛下からの
メッセージの内容は、上皇陛下、天皇陛下、秋篠宮殿下の
合意を踏まえられたものだった、と考えられる。又、上皇后陛下の思い切ったご行動の背景には、
上皇陛下のご同意又はご指示があったと受け止めるのが、素直だろう。
上皇陛下はこの後、全国民に向けてビデオメッセージを発表され、
ご譲位への希望と共に、皇位の安定継承への願いを滲ませられた
(平成28年8月8日)。皇位の安定継承の為には、一夫一婦制のもとで「男系男子」限定を
維持するという“ミスマッチ”な皇位継承のルールを、速やかに
是正することが不可欠だ。その是正が実現すれば、直系優先の原則(皇室典範第2条)によって
次の天皇は敬宮(愛子内親王)殿下という結論になる。
これは、これまで何度も繰り返し述べて来たように、
“人物論”ではなく“ルール論”としての帰着なので、
そこはくれぐれも誤解のないように。平成時代に、上皇陛下が次のように語っておられたことも、
既に紹介されている(奥野修司氏『天皇の憂鬱』)。「ゆくゆくは愛子(内親王)に天皇になってほしい。
だけど、自分も長く元気ではいられないだろうから、
早く議論を進めてほしい」。このご発言の信憑性は、三笠宮家と親しい関係を築かれた方も
評価しておられる(工藤美代子氏『女性皇族の結婚とは何か』)。これは、上皇陛下が先のビデオメッセージで示された
皇位の安定継承への切なる願いの、必然的帰結に他ならない。
上皇后陛下から小林氏へのメッセージも勿論、それと同一線上にある。
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