このところしばらく、岸田文雄首相が
衆議院の解散に踏み出すのかどうかが、注目されていた。
結果的に、今国会における解散は見送られたようだ。天皇陛下が6月17日から23日までインドネシアにお出ましになり、
その間、国事行為は全て現在、皇位継承順位が第1位とされている
秋篠宮殿下が代行される。
なので、もし岸田首相が衆議院の解散を決断した場合、憲法第7条第3号に
規定された「衆議院を解散すること」という国事行為は、
秋篠宮殿下が代行されることになる。その法的根拠は、憲法第4条第2項及び同規定に基づく
「国事行為の臨時代行に関する法律」だ。これらによる限り、代行可能な国事行為に特に制限はない。
よって松野博一内閣官房長官は、6月9日に「臨時に代行する国事に関する
行為は制限はないと承知しており、憲法第7条に列挙されている
国事行為の全てが当たるものと承知しています」と述べていた。
これは、衆議院の解散も含まれることを示唆したものだ。しかし細かく言えば、国事行為は“第7条に列挙されている”もの
(第1号~第10号)にとどまらない。
第6条の「内閣総理大臣を任命する」(第1項)、
「最高裁判所の長たる裁判官を任命する」(第2項)も勿論、
国事行為だ(更に「国事に関する行為を委任すること」〔第4条第2項〕
自体も国事行為)。
従って松野氏の発言は、いささか“舌足らず”だったことになる。それはともかく、法的には衆議院の解散は可能だった。
しかし松野氏は、以下のように付け加えることも忘れなかった。「現憲法下において、天皇陛下の外国ご訪問の間に衆議院が
解散された例はないものと承知しています」と。松野氏の発言は確かに事実だ。
過去には森喜朗内閣の時など、平成12年に上皇・上皇后両陛下が
5月20日から6月1日にかけてヨーロッパ各国を訪問された時に
(オランダ・スウェーデンを公式訪問、スイス・フィンランドにもお立ち寄り)、
両陛下が帰国された翌日、野党の内閣不信任決議案の提出を受けて、
直ちに解散に踏み切った経緯がある(いわゆる「神の国解散」)。しかし、天皇陛下の外国ご訪問中に解散が無かった事実に
敢えて言及したことは、ある種のメッセージ性を帯びることになる。
それは、内閣が解散権について、自ら一定の制約を設けたに等しい。
なお、第69条(衆議院の内閣不信任と解散・総辞職)以外に第7条
(天皇の国事行為)を根拠として解散を行うことは、元々憲法が予想していなかった
解散権の乱用、とする論理的に説得力のある見方もある。
しかし、ここでは立ち入らない。衆議院の解散は、(国民の代表機関である国会の一院を構成する衆議院の
議員全てを事実上“一斉にクビにする”行為なので)天皇の国事行為の中でも
重い意味を持ち、天皇陛下の“詔書(しょうしょ)”が下される。
現憲法下で詔書が用いられるのは、他には国会の召集(第7条第2号)と
衆院選・参院選の公示(同第4号)の場合だけだ。その詔書が必要な衆議院の解散を、天皇陛下が日本にご不在のタイミングで
“敢えて”行うことは、法的には可能であっても、「日本国の象徴」であり、
「日本国民統合の象徴」でもあられる天皇の地位を軽んじる行為として、
国民心理上、ほとんど認め難いのではあるまいか。具体的に、秋篠宮殿下が国事行為の臨時代行に当たられる期間に
衆議院を解散する場合、詔書のご署名はどうなるか。
天皇陛下のお名前を秋篠宮殿下が代筆され、更にその傍らに殿下ご自身のお名前を
一字分ほど下げて署名され、その上で側近が御璽(ぎょじ=「天皇御璽」と彫られた
天皇の印章)を陛下と殿下のご署名が並んだ下に捺(お)す、という形になるだろう。
詔書の形式として明らかな異例と言わざるを得ない
(私がこれまでに拝見した実例では、関東大震災後に下された
「帝都復興に関する詔書」〔大正12年9月12日〕がある。
当時は昭和天皇が摂政宮であられた)。そのようなことは避けるのが、首相として当然の配慮だろう。
国民民主党の玉木雄一郎代表が、「もし解散があるとしたら
(国会の会期は、天皇陛下がインドネシアご滞在中の6月21日までなので、
会期を延長しない限り、陛下が出発される前日の)6月16日まで」
と発言されていたのは、その辺りの事情をよく理解していたことを示す。追記
今月のプレジデントオンライン「高森明勅の皇室ウォッチ」は
6月23日午後3時に公開予定。【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/
BLOGブログ