今では信じられないことだが、昭和40年代後半以降、
いわゆる新左翼のセクト同士が“内ゲバ”(新左翼内部でのゲバルト=暴力)
を繰り返し、多くの死者を出した時期があった。
随分昔の話だ。しかし不思議なことに、犯人がなかなか捕まらなかった印象がある。
それには理由があった。
ジャーナリストの池上彰氏が次のように述べている(『激動 日本左翼史』)。「東京都内で殺人事件が起きると普通は警視庁の捜査1課が
出てくるものですけど、新左翼の内ゲバになると公安警察が出てきますよね。
捜査1課と公安では捜査の目的が全く違う。
捜査1課の場合は犯人逮捕が最大の目的であるのに対して、
公安の捜査は基本的に誰がどういう目的で、どういう指揮命令系統で
事件を起こしたのかを情報収集するんです。
でもその情報をもとに是が非でも犯人を逮捕するのかといえばそうじゃない。私がNHK社会部で警視庁捜査1課を担当していた頃にも、
大田区の南千束で革マル(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)の
学生5人が殺される事件が起きたことがありました。
殺人事件発生と聞いて機動捜査隊や警視庁捜査1課も、私たち捜査1課担当の
記者たちも現場に行ったけど、被害者が革マルだとわかった途端に
彼らは『ああ、これは俺たちは関係ない』と公安にお任せして
引き上げてしまった。
だから私たちも公安担当の記者に任せて引き上げるしかなかった」新左翼がらみで思い出すのは、かなり前になるが、
私が「新しい歴史教科書をつくる会」の事務局長を拝命していた当時、
夜中に時限式の発火装置で事務所が放火されて、大惨事になりかけた
事件があった。翌朝早く、事務所前にテレビカメラや新聞記者が詰めかける中、
私は単独の緊急記者会見を開き、「我々はテロには屈しない」と言い切った
(この日以降、自宅周辺だけでなく、私の子供達が通う中学校や
小学校への通学路も、しばらく警察が警備に当たってくれた)。その時、新左翼系のセクトが堂々と自らの犯行であると
公表したにも拘らず、いつまでも犯人が検挙されず、警察に不信感を抱いたが、
恐らく上記のケースと同じく、通常の放火事件ではなく公安関係の
事件として、処理されたのだろう。それにしても警察の都合によって、犯人逮捕が最優先ではない
場合があるというのは、被害者側としては釈然としない。【高森明勅公式サイト】
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