神保町の古書店街の外れ。
集英社近くの、靖国通りから裏側に入った道沿いに、
小さな古本屋がポツンとある。
この店にほぼ月に1度は訪れる。
毎月、その近くに用事があるので、そのついで。店の名前は「手文庫」。
改めて言うまでもなく、“手文庫”というのは、手近に置いて
文具や手紙などを入れておく小箱だ。
こんな店名にも、店主の奥ゆかしさが伝わってくる。店主はやや年配の上品なご婦人。
以前、倉敷の美観地区の端っこ方にある「虫(虫×3)文庫」
という古本屋を紹介したが、何か共通した空気がある
(どちらも店名に“文庫”があるのも、面白い偶然)。
狭い店内は、店名通り文庫本が主体ながら、貴重な文庫も少なくない。私の興味で言えば、石田英一郎『文化人類学ノート』
(昭和30年、河出文庫特装版)とか。
詩集のコーナーも充実している。
ひょっとしたら店主ご自身、詩人なのかも、
などと勝手に妄想したり。
殆ど毎月、この本屋で何か買っているような気がする。4月は、漫画家・ちばてつや氏(『あしたのジョー』などの作者)
の『わたしの金子みすゞ』(平成14年、メディアファクトリー)
を手に入れた。
ちば氏は漫画家として40年余り走り続けて、仕事に一区切りつけた後に、
金子みすゞの作品と出会われたとか。この本は、ちば氏が好きな金子作品を選び、
その作品から喚起されたイメージをちば氏自身がカラーの
イラストにされ、更に作品への感想も書き込んでおられる。
贅沢な企画だろう。イラストは残念ながら紹介できないものの、
金子作品とちば氏の感想を、1つだけ、ここに掲げよう。大漁(たいりょう)
朝焼(あさやけ)小焼(こやけ)だ。
大漁だ。
大羽鰮(おおばいわし)の
大漁だ。濱(はま)は祭(まつ)りの
やうだけど
海のなかでは
何萬(なんまん)の
鰮のとむらひ
するだらう。「どうして、みすゞさんはこういうことが考えられるのかな。
こんな大漁の光景を見たら、普通は『わあ、すごいな』
『よかったな』としか思わないよね。
本当にすごい人です。
食べ物のあふれている時代だからこそ、
僕たちはこの詩の心を大切にしなければならないと心から思う。
僕はイワシが大好きで、骨も残さずに全部食べるようにしています。
それが僕流のイワシに対する『とむらひ』なんです」26歳で自殺した天才詩人の作品に触れ、還暦を過ぎた
(やはり天才)漫画家が、心の底からの敬意と共感を込めて、
「みすゞお姉さんとてっちゃんの絵日記」(ちば氏)
として書き上げた作品。
書名すら知らなかったけれど、こうした未知の佳作を
見つけられるのも、古本屋の魅力だ。【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/
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