9月15~18日にかけて、今年の皇居勤労奉仕を予定していた。
奉仕団のメンバーは、高森稽古照今塾の受講者を中心に、
20代・30代の若い社会人達(よく4日間も休みを取れたものだ)。
私1人だけが年寄りだ。ところが8月6日に、若くて可愛らしい女性団長から連絡があった。
宮内庁から、新型コロナウイルスの感染状況と厳しい暑さによる
熱中症の恐れから、9月の勤労奉仕は「見送り」と決まった、
との連絡が入ったそうだ。私が講師を務める事前勉強会の日程も既に決まっていた。
残念だ。
しかし、やむを得ない。平成30年・令和元年と続けて来た勤労奉仕も、
今年は中断を受け入れるしかない。
どうやら弱毒性らしいとは言え、万が一にも天皇陛下のお側近くに、
今も未知の要素が強い感染症が及ぶのは、断じて避けねばならない。
ましてや、国民の側からお願いをして、特に許して戴いている勤労奉仕が、
その原因になるようでは余りにも申し訳ない。この勤労奉仕は、敗戦直後の昭和20年12月、宮城県栗原郡(現在は栗原市)
の若者達(みくに奉仕団63名、但し内1名は記録係として木村毅早稲田大学
教授がオブザーバー参加)の強い熱意から始まった。それ以来、令和の今まで途絶えることなく、全国各地の幅広い国民が、
全くの手銭(てせん)手弁当でご奉仕を続けて来ている
(私自身は、これまでに僅かながら6回だけ参加させて戴くと共に、
東京・大阪・奈良・岡山・広島などの奉仕団の事前勉強会でお話をして来た)。その尊い歴史に傷を付けるようなことがあってはならない。
【高森明勅公式サイト】
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