私は憲法についてはまるっきり素人。
それでも、あらゆる国が“緊急事態”に直面する可能性を避けられない以上、
立憲主義の観点からも、憲法に予め「緊急事態条項」を盛り込んでおく
ことは、欠かせないと考えている。日本国憲法にそれがほぼ無い
(54条の参議院の「緊急集会」の規定のみ)のは、明らかに欠陥だろう。
一方、帝国憲法には緊急事態条項があった。8条・14条・31条・70条など。ここでは、明治政府の準公式的な憲法解説書だった『大日本帝国憲法義解(ぎげ又はぎかい)』(伊藤博文名義・井上毅〔こわし〕原案執筆)から、8条の解説を一部紹介する(相澤理氏の現代語訳による)。いささか長文にわたるが。「恭(つつし)んで考えるに、国家が急迫の事態に臨んで、または国民に凶作・疫病およびその他の災害が起こった時にあたって、公共の安全を保持し、災厄を予防・救済するために、力の及ぶかぎり必要な処分を施さないわけにはいかない。この時に議会がたまたま開会の期間でなかった時は、政府は進んで責任をとり、法律に代えて勅令(ちょくれい)を発して、施策に漏れがないようにするのは、国家の自衛・保護するために元来やむを得ないものである。それゆえ、先の第5条で立法権の行使は議会の賛同・協力を経なければならない
とあるのは、常態を示したものである。
本条で勅令をもって法律に代えることを許可するのは、緊急の時機のために
例外を示したものである。
これを緊急命令権という。
そもそも、緊急命令権は憲法が許すものであるが、一方で憲法が最も
濫用(らんよう)を戒めるものである。
憲法は公共の安全を保持したり、災厄を避けたりするための緊急な必要に限り、
この特権を用いることを許すが、利益を保護し、幸福を増進する通常の理由で
これを濫用することを許していない。よって、緊急命令を発するにあたっては、本条に準拠すると宣告する形式を
とらなくてはならない。
もしも政府がこの特権に頼り、容易に議会の公議を回避するための方便として
用いて、既定の法律を破壊するに至ることがあるならば、憲法の条規は空文
(くうぶん)に帰し、臣民(しんみん)の自由や権利を保護することが
できなくなってしまうだろう。
それゆえ、本条は議会をこの特権の監督者として、緊急命令を事後に検査して
承諾させるべきことを定めている。本条は憲法の中で最も疑問の多いものだと思われる。
そこで、逐一(ちくいち)問いを設けて説明したいと思う。
…議会はいかなる理由で勅令の承諾を拒否することができるか。
答え。
この勅令が憲法に矛盾していたり、本条に掲げた要件を欠いていたりすることを
発見した場合や、その他の立法上の意見によって、承諾を拒否することができる。
…この勅令をもしも政府が次の議会に提出しなかった場合や、議会が承諾を
拒否した後に廃止された旨を公布しなかった場合はどうなるか。
答え。
政府は憲法違反の責任を負わなければならない。…」と。緊急勅令は、関東大震災(大正12年)の際の治安維持令(治安維持法の前身)や、
金融恐慌(昭和2年)の時の銀行に対するモラトリアム(支払い猶予)などの
実例がある。戦後、一方的に批判されることが多かった帝国憲法でも、
このような配慮と用意はあった。
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