初めて「公(おおやけ)」という語を確認できる日本国内の文献は何か?
聖徳太子の「憲法十七条」(604年)だ。
「公事」(8条)「公務」(13条)「公」(12・15条)という用例が出てくる。
例えば15条には以下のようにあった。「私(わたくし)を背きて公に向(ゆ)くは、是(これ)臣が道なり」と。明らかにシナの『韓非子(かんぴし)』の記述を踏まえた表現だろう。これによって当時、「私」の対極にある「公」という観念が、既に明確に自覚化されていた事実を認めることができる。しかも同憲法では、民衆への豪族層による私的・個別的な支配を排除し、国家による公的・普遍的な統治を確立すべきことが、規範的な要請として打ち出されていた。つまり「公民」国家への展望だ。
興味深いのは、「公」という理念が自覚され、公民国家の構想がはっきりと
浮かび上がって来た同じ推古天皇の時代に、「天皇」という称号が初めて
採用されていることだ(608年)。勿論、これは偶然なんかではない。
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