実家に、幼児の頃の私が歌を歌っているところを
父が録音したカセットテープがあって、
いつだかこっそり聞いてみたことがあるんだけど、
3~4歳ぐらいの私が、ものすごく気持ちよさそうに
ジュディ・オングの『魅せられて』を熱唱しているので
大爆笑してしまった。
「うぇでごいべでえ~~じぇ~~~~~
おんにゃはうみ~~~~
しゅきなおとこの~~うでのなかじぇも~~
ちがうおとこの~~~ゆめをみる~~
んんん~~はあああん~~んんん~~はあああん~~
わたちのな~かで、おねむりなしゃ~い」
んんん~~はあああん~~の部分が気持ちこもってて。
父もよく笑わずに録音したよね。
両手にすだれを持って、椅子の上で歌ったの、覚えてる。
あれは何かの片鱗だったのか。
『泥にまみれて』は、結婚した夫婦のバージョンで、
同じ戦中戦後の時期の、結婚していないバージョンが、
林芙美子の『浮雲』かなと思う。
映画にもなっているけど、あれはもうただただうつむいて
ハンカチで顔をおさえる羽目になって、しばらく気分が
重苦しかった。
敗戦によって何かが崩壊してしまった男と、
どうしてもその男についていきたい女が、
どんな風になっていくのかというのを描いた話だ。
二人は、戦中はベトナムに赴任して蜜月を過ごしていて、
敗戦後、内地に引き上げてから、寄りかかる場所を失い、
「放浪」の道へと入っていく。
男は、自分がベトナムで女と楽しんでいたあいだ、
兵隊達が血を流していたのだと思い至るのだが、
そこに恋愛も濃密に絡んでくる。しかも複数の女との。
正直すぎるほど正直な男女の弱さ、したたかさ、ずるさ、
血まみれの姿が描写されていくので、
私はこれを書いた林芙美子という女が「恐ろしい」と思った。
でも、放浪と恋愛と、そしてなにより現実をかなり冷徹に
組み合わせて描いてしまうこの作風は、
「やっぱり林芙美子、さすがだな」という風に思った。
以前住んでいた新宿のアパートの近所に、
林芙美子の元邸宅があり、「林芙美子記念館」として
公開されていたので、東京の人かと思っていたのだけど、
いま『浮雲』の本の袖を見なおしたら、九州の女性なのね。
恋する女は何を考えているか、わかったもんじゃない。
小説って、きっかけがないとなかなか読むことがないもの
かもしれないので、時々こうして紹介しようと思う。
実用のための読書ばかりじゃ情緒が深まらなくて、
他者に想像をめぐらせることができなくなっていくから。
それが自由を失うということでもあるのだし。