戦後神道界で最大の思想家、葦津珍彦氏。
「男系」主義を強調する一方、冷静かつ公平に以下のように述べておられた。
「わが皇統が、庶出(しょしゅつ=非嫡出)の皇子又は
皇兄弟等によつて継承されて来た事実は、決して無視さるべきではない。
その数は殆んど半数に近い程の比率に達してゐるのである。
…女系継承を認めず、しかも庶子継承を認めないと云ふ継承法は
無理をまぬかれぬ」「占領下に皇族の籍を離れられた元皇族の復籍ということが
一応問題として考へられるであらう。
…(しかし)その事情の如何(いかん)に拘(かかわ)らず、
一たび皇族の地位を去られし限り、
これが皇族への復籍を認めないのは、わが皇室の古くからの法である。
明治四十年の皇室典範増補“第6条皇族の臣籍に入りたる者は、
皇族に復するを得ず”とあるは、単なる明治四十年当時の考慮によりて
立法せられたものではなく、古来の皇室の不文法を成文化されたものである。
この法に異例がない訳ではないが、賜姓の後に皇族に復せられた事例は
極めて少い…この不文の法は君臣(くんしん)の分義(ぶんぎ)を
厳かに守るために、極めて重要な意義を有するものであつて、
元皇族の復籍と云ふことは決して望むべきではないと考へられる」
(『天皇・神道・憲法』昭和29年)真剣に皇室の「尊厳」護持を考える立場からの発言だ。
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