岩波書店の『図書』が臨時増刊号で「はじめての新書」という特集(第838号、平成30年10月)。岩波新書創刊80年記念の企画だ。「はじめて」読むべき新書(岩波に限らず)を様々な人が紹介している。複数の人が重複して勧める新書も当然出てくる。推薦者が一番多かったのはこれか。E・H・カー『歴史とは何か』(清水幾太郎訳、岩波新書)。既に読んだ人も多いだろう。いくつか推薦の辞を紹介しよう。「版数を重ねるのは、歴史とは『現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話』という一節のためか。でも、その前に『歴史家と事実との間の相互作用』とある。歴史家の権威を疑うために読もう」(上田信氏、歴史研究)「刊行から半世紀を越えた今も、歴史学を志す者にとって最良の入門書である。この間に『社会史』などの動きもあったが、本書以上にわかり易い歴史理論の入門書はない」(川北稔氏、西洋史)「大学1年時に英語の教材として読み、その後、清水幾太郎訳で読み直し、教員になってからは史学概論等の講義で参考書に指定した。読み直すたびに、歴史の奥深さと厄介さと面白さを再確認する」(桜井万里子氏、古代ギリシア史)丸山真男『日本の思想』(岩波新書)もさすがに推薦者が多い。意外と言っては失礼かも知れないが、福岡伸一『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)も人気が高い。坂井豊貴『多数決を疑う』(岩波新書)は恥ずかしながら、まだ読んでいなかった。でも何人も推薦している。「投票をテーマにした社会的選択理論の入門書であるが、それだけにとどまらず、『社会制度は人間がつくるもの』という近代の根幹にある発想が、その試行錯誤も含め、なぜ大切かを示す啓蒙の書」(日野雅文、書店員)「前大阪市長の橋下徹氏と記者会見でやり合っていた時に出会った1冊。『細かく配慮するのは不利』と多数決が抱える構造的な問題を浮き彫りにし、幅広い民意を集約できる方法を提案している」(南彰氏、朝日新聞記者)石母田正『平家物語』(岩波新書)、長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』(ちくま新書)等も複数の推薦が。前者について。「文学研究者でなく歴史家が書いた『平家物語』論。時代と運命に抗し翻弄される人間群像を生彩ある筆で蘇らせ、古典文学を読み解く知的な喜びを満喫させてくれる。こんな名著は、もうあらわれない」(高橋昌明氏、日本中世史)推薦の辞に最も力が入っていたのは石光真人編著『ある明治人の記録』(中公新書)か。「青年期、音読するたびに涙が出た。過酷な運命を生き抜く柴五郎の魂に共振した。冒頭の『血涙の辞』を音読してほしい。『この一文を献ずるは血を吐く思いなり。』柴の声が魂に響くはずだ」(斎藤孝氏、教育学)こんな短い文章に「涙」「魂」「血」という強烈な言葉が2度ずつ使われている(「音読」も)。その他、アトランダムに。市井三郎『歴史の進歩とはなにか』(岩波新書)「人間は進歩していくものだと思っていた。しかし、何を基準に進歩とみるか。『自分の責任で問われる必要のないことから負わされる苦痛を減らしていくこと』という指摘にハッとした。日本は進歩したのか」(三木義一氏、税法)今西錦司『ダーウィン論』(中公新書)「尊敬するダーウィンの『種の起源』と自分の進化論を戦わせるために原書から読み直したという今西氏の告白に感動する。氏の進化論がダーウィンの理念を越えるために壮絶な葛藤があったと知る」(重延浩氏、テレビマンユニオン会長)これらも、私が高校や大学の頃に読んで印象に残っている。この『図書』臨時増刊号(非売品)は
稀有な新書ガイドとして有益だ。