もうひとつ、医療現場の「男女平等」と「ワークシェアリング」に関する意見をご紹介します!
男女平等と医療現場について、ない頭で考え中です。
私の長女は生後8か月の時、化膿性膝関節炎で入院しました。
整形外科はあいにく定員オーバーで、乳幼児のいる病棟で過ごしましたが、入院先は小児心臓外科のある総合病院(奈良県では2病院のみ)で、病室には長女の他に、心臓疾患に苦しむ乳幼児が5人!
泊まり込みで付添う母親もいて、ほんとに一室に押し込められたような感じ。
四六時中病室には苦しそうな子どもの泣き声が聴こえるし、疲れている母親が無言で子どもを抱っこしていたり…。
廊下が騒がしいなと思ったら、真っ青なからだの赤ちゃんを、医師が抱きかかえて走っていたとか…。
気持ちがどうしても暗くなる、そんな環境でした。
同時に、健康で生まれてくるありがたみもわかったし、日々医療に従事されている方のご苦労も見ることができました。
健康でいられるって、あたりまえでなく、ものすごく幸運なこと。
「マイナスをせめてゼロにしてあげたい、患者を笑顔にしてあげたい」
「闘うのは患者だが、自分ならその手助けができる」
日本に何人もいるであろう、そういう崇高な使命感を持つ医師や、生きるか死ぬかその瀬戸際の患者の前に、呑気に男女平等の概念を持ち出されても…。
私が患者本人だったりその家族だったら、
「男でも女でも、腕がいい医師がいい。外科医が減るほうが問題だ」
「外科をやれる女がいるなら出てくればいい。でも少ないだろうな」
と、長い息を吐きます。いや、ほんとどうでもいいからさ。
男性の医師にしても、「患者優先で、差別どころじゃない」と考えられている人も多いのでは?
日本において、医師が男女半々であることがそんなに大事でしょうか。
男女関係なく個人の資質がすばらしいのであれば、女性の外科医も良い。
ですが、外科医の大半が男性であるという現実を見ると、これは何も男社会で女が蔑ろにされてきたからという、被差別者の闘争史観を持ち出す次元ではないと、私は考えました。
患者のからだにメスを入れる、血で汚れ、内臓や骨が剥き出しになる。
そこから目を逸らさず、患者を生かすため、守るために戦う。
比喩ではなく、まさに戦場だし、外科医は戦士です。
それでも目の前の患者を救うことだけを考える。
いま最前線にいる人も、リタイアした人も、もしかすると過酷な勤務の果てに亡くなってしまった人も、そうして、たとえ自分のことは後回しになっても患者に向き合っている医師が殆どだと信じたい。
気持ちや体力がついていけなくなる人も出てくるでしょう。
(そこには男も女もないです。)
そして、女性は妊娠・出産で一旦現場を離れざるをえなくなったり、しばらくは働き方を変えたりという話は、当然の流れとして出てくる。
どうしてもそうなりますし、女はやる気がない、続かないからという話ではなく。
だから女性の外科医は自発的かつ多大な努力が要求されるし、それを克服できるのであれば、よほどの人なんだろうなと考えます。
どんな仕事でもそうですが、無理して流れに逆らうとか、自分の未熟さを認めず「大丈夫」なんて根拠のない自信を持つとかは危険だし、そういう意味では協調しあうワークシェアは必要と思います。
但しそれは「周囲に迷惑がかからないようにするため」(公)であって、「給料減ってもいいから自分が楽したい」(私)であってはならないはずです。
ただし、日本の医療という現場は、欧米式にシステムをいじろうが、やはり患者本位の精神は重んじ続けるのではないかと考えます。
ドライに徹するということはできない…はず。
欧米はそういうものが浸透しやすい土壌だったのでしょうが、天皇陛下がおわす国において、「弱い者は死ね」と切って捨てる思想、日本人にはやはり持ちえないのではと。
(とはいっても、今の首相がなぁ。あちこち「コペル君」もいるみたいだしなぁ。
どうなんかなぁ…。)
患者にとっては生死がかかっていて、この医師しか頼る人がいないとなれば、私もエゴだと考えつつも「他の医師にはお願いしたくないな」となります。
一個人にかかる重圧や過重労働など、歪になってきている現状を鑑みても。
その医師にはただ感謝しかないし、私にできることはしようと思いますが。
私にできること…。
モンスターペイシェントにならない(救急車をタクシー代わりに使うとか、とんでもない事例はよく耳にしますね)、口コミでもネットでも、評判の良い病院はチェックしておく、健康を過信せず、おかしいと感じたら即病院に行く、寿命や運命は受け入れる、手の施しようがないとわかったらそのまま死なせてほしい、絶対に病院を訴えるなと家族に言い残しておく、ことでしょうか。
…すみません、長文になったわりには、着地が上手くできなかったかも?
最後に、小林先生へ。
九州のゴー宣道場では、お疲れのようで心配になりました。
(今はいかがでしょうか?)
連載がふえたのに、道場での意気軒昂たるや。
生放送でも、サービス精神が相変わらずすごいし。
陳腐な言い回しですが、お身体を大切になさってください。
私は秘書の岸端さんのこと、「先生が『だれにでもできる仕事』を給与削減のために一人にまとめて押しつけている」とは考えていません。
むしろ先生が岸端さんを大切にされていること、『ゴー宣』を読むとわかります。
社長と社員がそこまでの信頼関係を築いていること、私にはとても羨ましいです。
それも、一年二年じゃなく、十何年もかけてです。
岸端さんにしか成し得ないことだし、よしりん企画の皆さんも、小林よしのりに何十年もついていっているのは、代替えのきかない存在だから。
先生にとってもアシスタントの皆さまのこと、そうお考えでしょう。
もしかすると、きれいごとではすまない事情も色々とあったり、私が想像する以上に、日々厳しい現場だと思いますが…。
せめてこれからも応援させてほしいです。
そのためにも、私も現場で精進していきます。
(だふねさん)
まさに現実感覚から行けば、着地点はここだろうと思います。
「崇高な使命感を持つ医師や、生きるか死ぬかその瀬戸際の患者の前に、呑気に男女平等の概念を持ち出されても…」
という表現はさすがと思いました。
男女平等の概念なんて、人命がかかっている時には「そんな呑気なこと言ってる段じゃない」です。
それでも「人命よりも男女平等の方が大事だ!」という人がいるんなら、どういう理屈でそうなるのか、聞かせてほしいものです。