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高森明勅
2017.10.6 22:30

百年以上前の「憲法裁判所」提案

『大阪朝日新聞』の大正3年(西暦1914年)
1月から2月にかけての紙面に、京都帝国大学法科大学
今の法学部)教授、佐々木惣一の「憲法裁判所設置の議」
掲載された。

帝国憲法下にあって、憲法裁判所の設置を提案した論文だ。

オーストリアに世界最初の憲法裁判所が設置されたのが
1919年
4月とされる(石川健治氏)。

それより5年も前の、斬新な先駆的提案だった。

現在でも傾聴すべき内容を含む。

同論文から何ヵ所か紹介しよう
(『立憲非立憲』
講談社学術文庫より)。

「憲法に対する吾々(われわれ)国民の感謝や感激は、
憲法を遵守するの精神でなければならぬ。…
真に憲法を遵守する
の精神がないならば、
果たして何の感謝があろうぞ、又(また)
何の感激があろうぞ」

憲法政治の運用として、議会政治が最も進歩した形式であることは、
争われないのであるが、併(しか)し、議会政治即(すなわ)ち憲法
政治なりと云う命題は、精確を欠いて居る。憲法の破壊は、
議会政治
の下に於(おい)ても行われ得るのだ。
それ故に、
法律家の立場としては、議会政治と否(いな)とに
拘わらず、
憲法擁護の制度を研究せねばならぬ」

「憲法擁護の制度とは…其(そ)の最も主なものは、
国政最高の当局者たる大臣を、
憲法を遵守すべく強制する制度である。
…其の制度として、
私は憲法裁判所と云うものを設置するの必要を
主張するのである」

「議会の意思に基(もとづ)いて成る内閣とても、
其の都合に依(
より)て憲法を曲解し、又は、曲解しなくとも、
其の解釈を誤って憲法に違反することの有り得るは、明(あきらか)
である。
それ故に、
憲法擁護の制度の必要ありとするならば、
それは単に超然政治の下に於てのみではない。
議会政治の下に於ても同様である」

「議会内閣の場合には、内閣は議会の意思に基いて居るから、
内閣が憲法違反の行為ありとするも、議会は或(あるい)は
之(
これ)を責めぬかも知れぬ。
議会の少数党は之を責めるであろうが、それは何等の効果をも生ぜぬ。
こう云う場合には、
どうしても議会以外に純粋に法理上の見地より
して内閣の行為を判
定するの制度が、必要となるのである」

憲法裁判所が憲法裁判を為すには、
完全に職務上の独立を持たねばならぬ。
天皇並(ならびに)
政府に対しても又議会に対しても、
絶対的に、
職務上の独立を認められねばならぬ。
…此(かく)
の如き独立の憲法裁判所は、現今想像し得る範囲に
於て最も有効なる憲法擁護の制度と云わねばな
らぬ」

「憲法の擁護と云うことは、大臣に対すると同様に、
帝国議会に対しても、亦(また)存在しなければならぬ。
憲法裁判を認むるならば、帝国議会をして之に当たらしむる
ことは適当でない。
帝国議会以外に特に憲法裁判所なる機関を設くべしとする
所以(
ゆえん)である」

「私の考(かんがえ)では憲法裁判所の権限としては、
単に法律上の責任の問題に限るべきであると思う。
政治上の責任を決定すべきものは…帝国議会の以外に求むべき
ものではない」

「余(よ)は(裁判官の選任は)議会の選挙に依らずに、
一般の法律を以て定められたる資格を有する者が、
当然に憲法裁判所の裁判官となると云う方法を以て、
議会が選挙するの方法よりも優れたりとする。
若(も)
し議会が選挙するとなると、どうしても議会に於ける
各政党は、
其の党略上の利害に依て、裁判官選定の標準を定むる
ことを免れぬ」

君主の任命を待つとしても、右の法定の資格に該当するものは、
天皇が必ず之を任命しなければならぬとすべきであるから、
結局同一の結果を生ずる」

議会としては憲法裁判を要求しないと決定した場合といえども、
一定の数の議員の要求あるならば、
憲法裁判を開くべきものとしたい。
之は多数党が純粋の法律上の見地を離れて、自党の党略に依って、
態度を決した場合に、少数党の抵抗の手段を与えるの趣旨である。
…然(しか)しながら少数党と云うても、濫(みだ)りに此の如き
要求を為すべきものでないから…
総議員の三分の一位(くらい)と
するがよい」

其の判決の拘束力を絶対的のものとせねばならぬ。
大臣が之を争うことの出来ないのは勿論議会も亦之を争うことの
来ないものである。
政府及び議会のみならず、
君主といえども右の判決を左右し
得ないものである、としたい」

天皇は云うまでもなく、神聖である、其の御施政に関して
憲法違反の事実が生じて来ても、何等(
なんら)の責任を負わせ
られぬ。
而(しか)して他方に於て、
大臣は天皇を輔弼(ほひつ)し奉る
職責上、右の事実に付(つき)
て責任を負うとせらるる。
然(しか)
らば天皇に責任なしと云うことは、
大臣の責任を現実にすることに依りて益(ますます)意味を
生じて来て、天皇の尊厳を保障するのである」

これが、今から百年以上前の論説だ。

まことに慧眼と言わねばならない。

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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