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笹幸恵
2017.8.4 18:23

「旗を高く掲げよ」を観て

友人に教えてもらった劇団青年座のお芝居

「旗を高く掲げよ」を観に行きました。

 

「旗を高く掲げよ」は、ナチスの党歌。

 

このお芝居は、ドイツ・ベルリンの善良な市民である

ミュラー夫妻が、ナチスへと傾倒していく様子を

描いています。

 

妻のレナーテは、もともとナチス支持者。

“だってヒトラー総統は私たちの生活を良くしてくれたもの”

数年前のハイパーインフレの時代を知る彼女は、

ジャガイモの値段を気にせず買い物ができるようになったことを

素直に喜んでいる。その事実は、レナーテにとっても、

また周囲にとっても、圧倒的な説得力を持つ。

よく言えば呑気な楽観主義者。何が起きてもこう言う。

「大丈夫よ。我が総統に任せていれば。きっとよくなるわ」

 

夫のハロルドは歴史教師。

ナチスに対し、最初はやや距離を取っているのだけど、

友人からその専門性を生かした仕事をしてほしいと

SS(ナチス親衛隊)への入隊を打診される。

妻や娘が喜ぶからと入隊を決意、もとより真面目なハロルド、

その仕事ぶりが認められ、どんどん出世していく。

いつの間にか、ナチスの価値観にどっぷりハマり、

「ドイツ帝国は決して負けない!」と叫ぶようになる。

 

その一方で、ユダヤ人の友人がアメリカに亡命することに涙する。

身体に障害を持つ教員仲間が、労働能力の欠如者としてナチスや

世間から排除されつつあるのに、ミュラー夫妻は変わらずに

思いやりを持ち続ける。

 

後世の人間から見たら明らかに矛盾するのだけど、

ナチスを信奉することと、

ナチスが排除しようとする人々と友情を持ち続けることは

彼らの中では無理なく共存し、両立できている。

なぜなら、見たくないものには目をつむり、

知りたくないことについては考えるのをやめ、

信じたいことを信じようと生きているから。

 

ベルリンに砲火が迫ってきたとき、レナーテは

「どういうこと!?」と半狂乱になり、

ハロルドは自分たちが“知ろうとしてこなかった”ことを

率直に感じ取る。

しかしその先、彼らはやはり、変わらない。

 

それが大衆というものだろう。

そして誰もこの“善良な”夫妻を愚かだと笑うことはできない。

なぜならそれは、自分自身だから。

 

全体主義が、善良な市民の冷酷な傍観的態度によって

成立していく様を、このお芝居は見事に描いていました。

それも、舞台装置はミュラー夫妻のリビングだけ。

そこを訪れる人々と家族との会話のやりとりだけで、

刻々と変化する時代背景が描かれるのです。

 

良いお芝居を観たなーーー。

けど、残念なことに公演は8月6日まで。

もうちょっと長くやってくれたらなーーー。

もう一回くらい、観に行けたのに。

笹幸恵

昭和49年、神奈川県生まれ。ジャーナリスト。大妻女子大学短期大学部卒業後、出版社の編集記者を経て、平成13年にフリーとなる。国内外の戦争遺跡巡りや、戦場となった地への慰霊巡拝などを続け、大東亜戦争をテーマにした記事や書籍を発表。現在は、戦友会である「全国ソロモン会」常任理事を務める。戦争経験者の講演会を中心とする近現代史研究会(PandA会)主宰。大妻女子大学非常勤講師。國學院大學大学院文学研究科博士前期課程修了(歴史学修士)。著書に『女ひとり玉砕の島を行く』(文藝春秋)、『「白紙召集」で散る-軍属たちのガダルカナル戦記』(新潮社)、『「日本男児」という生き方』(草思社)、『沖縄戦 二十四歳の大隊長』(学研パブリッシング)など。

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