昨日はゴー宣ネット道場動画の収録でした。
わが自宅から出がけに、郵便受けをたしかめたら、
ナント!小林さんから小学館さんを通して『卑怯者の島』を送って頂いてました。
行きがけの電車の中で読み始めたら止まらなくなり、
収録場所の最寄り駅に着いたらあと20数ページ。
普通だったら「後は帰りがけに」と思うところですが、
もはや止まりません。
なんと私は、小学生以来の、「歩きながら漫画を読む」という
行為をしてしまいました!
小学校の時の私は、自転車に乗りながら漫画を読んでいた
こともあります。
いまから思えば、いつ交通事故に遭ってもおかしくなく、おそろしいですが、
それだけ、漫画というものが、なによりも大切で、
「いま吸収しなければならない」エネルギーだったのです。
そんな無心な状態に帰れるほど、すごい本でした。
「卑怯」という言葉の意味が、どんどんめくり返されていく。
めくり返されながらも、どんな価値相対化も、それは安全圏からの第三者の立場に過ぎないという事も、同時に突き付けられていくのです。
「いま、お前がそこに居てそれを決断したとしたら、それは非道と言えるのか」
という問いかけ。
そこにタブーはありません。
また、戦地の現実にも留まりません。
たとえ<軍神>でも、女性はイキナリ傷痍軍人を愛せるか?という問題も出てきます。
作中、印象的に出てくる
「女の愛国心は信用できない」という言葉からは、
基本的に男のみが兵士になるということも
戦争の本質のひとつなのだと思い至らせます。
たいていの戦争映画や物語は、女性を銃後の存在として凛として描くか、
あるいは「本当は平和を願っている」優しさの象徴として描きます。
そのどちらでもないところから、目をそらさしていない。
そして何よりも重要なのは、
彼らは、そして僕らは、
何を守るのか?……ということです。
安倍首相は、それをわかっているのだろうか?
国民の目を欺き、ごまかしている、
「いま現在卑怯な者」に、わかるわけがない。
そう思います。