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笹幸恵
2015.2.14 07:52

人質未遂

先日の道場では、小林先生から参加者へ

質問が出された。

 

「もし自分が人質になったらどうするか」

 

ドキッとした人も多かったと思う。

もちろん私もその一人。

挙手してくださった方のお話を伺いながら、

私は10年ほど前のことを思い出していた。

ブーゲンビル島を訪れたときのこと。

私は武装集団の人質になるところだった。

 

ブーゲンビル島は、前線視察中の山本五十六長官機が

撃墜された地として知られている。

私が訪れた頃は、治安が急激に悪化していた。

ブーゲンビル革命軍(BRA)のリーダーが死亡したことで、

組織の統制が取れなくなっていたのだ。

 

ブーゲンビル島は、ソロモン諸島の北端にあり、

地理的にも風俗的にもソロモンの島々に近い。

しかし国は「ソロモン諸島」ではなく、

「パプアニューギニア」である。

植民地時代の影響を受けて、第二次大戦後、

どう考えても不自然な国境線が引かれた。

しかもかつての宗主国であるオーストラリアが、

貴重な資源である銅山の利益を吸い上げている。

そして彼らにとっては、国家の概念よりも、

部落や島のつながりのほうがはるかに大きい。

独立や革命を志す武装集団が組織されたとしても

何の不思議もない。
その構図は中東とあまり変わらない。

 

私は戦友や遺族と共に、トラックの荷台に

乗って南部ブインへと向かっていた。

BRAはブインに向かう途中に検問所を設け、

道路封鎖をしていた。そして法外な通行料を

要求してきた。ガイドさんが交渉している間、

荷台にいる私たちには銃口が向けられていた。

 

怖いものを知らないというのは、怖い。

銃口を向けられてもなお、このときの私は

何が起きているのか理解できていなかった。

リュックからカメラを取り出そうとした。

このアングルは貴重だと思ったからだ。
我ながら愚かだ。

そのとき、ガイドさんから厳しく言われた。

「決して動かないように。目立たないように。

この中で女性はあなた一人です。

帽子を深くかぶって、彼らと目を合わせないように」

こう言われて初めて、私は事の重大さに

気がついた。

背筋を冷たいものが走った。

 

ガイドさんは、BRAに対し、

通行料の金額が高いので、

引き返してお金を取って来ると言って

その場を逃れていた。

もしこのとき、BRAのメンバーに

機転のきいた人がいれば、

そしてどうしても外国人から

通行料をせしめたいと思ったならば、

戻ってくるまで誰か人質を取っただろう。

そしてそれは間違いなく、女である

私だっただろう。

 

「女が人質」と聞くと、私は、どういうわけか

ある映画のワンシーンが頭の中によみがえる。

タイトルすら忘れてしまったけれど、

ロシア軍の満州侵攻を描いた戦争映画だ。

そこでのロシア軍は、女と見れば強姦していた。

日本人の主人公の姉(だったと思う)は、次から次へと犯され、

目はうつろになり、そのうち抗う力もなくなっていく。

強姦されながら衰弱していき、事が済んだロシア男が

ようやく死んでいることに気付く・・・というシーン。

 

どんなにイメトレをしていても、

とっさのときには等身大の自分しか出てこない。

それ以上でも、それ以下でもない。

「人質」と聞いて、なぜかこのシーンが浮かぶ私は、

結局のところ、そうなる以外にないのだろう。

 

あのとき、ガイドさんから叱られた私は、

目深にかぶった帽子からひっそりと

真っ黒な肌をした現地民を眺めた。

もしとらわれの身になったら

この人たちに輪姦されるのか・・・と思いながら。

自分にできることと言えば、早く衰弱死するよう

一切の飲食を断つくらいだろうか。

深い絶望の淵に立ったら、せめてそのくらいの

ことはできそうな気がするのだけれど、

果たしてどうだっただろう。

 

道場開催から一週間。

ことあるごとに映画の強姦シーンが

頭をよぎる。
覚悟を持つってむずかしい。

 

 

笹幸恵

昭和49年、神奈川県生まれ。ジャーナリスト。大妻女子大学短期大学部卒業後、出版社の編集記者を経て、平成13年にフリーとなる。国内外の戦争遺跡巡りや、戦場となった地への慰霊巡拝などを続け、大東亜戦争をテーマにした記事や書籍を発表。現在は、戦友会である「全国ソロモン会」常任理事を務める。戦争経験者の講演会を中心とする近現代史研究会(PandA会)主宰。大妻女子大学非常勤講師。國學院大學大学院文学研究科博士前期課程修了(歴史学修士)。著書に『女ひとり玉砕の島を行く』(文藝春秋)、『「白紙召集」で散る-軍属たちのガダルカナル戦記』(新潮社)、『「日本男児」という生き方』(草思社)、『沖縄戦 二十四歳の大隊長』(学研パブリッシング)など。

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